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馬の世話をする話
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 俺はどうしてしまったのだろう。慣れ合いなどいらない。他人の力など必要ない。俺は戦うための、人を斬るための道具でしかなく所詮人間を模した紛いもの。絆だの情だのという如何にも人間が抱きそうな感情など持つだけ無意味なものである。そう思っていたはずだし、それは顕現した当初から今でも変わらない考えだというのに、あの男と閨を共にして以来、気付けばあの男のことばかりを考えている。次はいつ近侍を命じられるのか。朝餉の席で言葉を交わすことが出来るだろうか。あの男の隣にいない日数を数え、姿を見かければ思わず目で追うようになっている。今日の近侍は鶴丸だった。2日続けて、鶴丸だった。では、俺は? 幾日も同じ刀が近侍となるのは異例なことで俺も含め多くの刀にはその経験がないというのに何故鶴丸は求められたか。考えるなと頭の中で自分を諭す度に胸の奥が焦げるような、じりじりとした奇妙な熱に苛まれる。このような感情を、俺は知らない。
 今日は馬当番だった。先日の進軍で負傷した俺は一軍から除隊され、遠征部隊に組み込まれることもなく日がな一日暇を持て余し馬と戯れている。療養のためと理解しているので不満はない……と言えば嘘になるが、それでもあの主は刀の保持を優先する男だ。破壊の恐れを回避するためにはやむを得ないと納得はしている。とはいえ怪我もほとんど治っている今他にすることもなくて、俺はここ数日、朝から晩まで日がな1日を内番に勤しんでいた。砂利の敷かれた道を踏み締めるざり、という音が聞こえて背後を振り返る。涼やかな目をした男がそこに立っている。

「調子はどうだい? 無理のないようにするんだよ」

 主だった。寝癖のついた頭はそれでも一応どうにかしようとはしたらしくところどころ水に濡れているようだが効果はないようである。もう昼すぎというのにどこか眠気の残る眼差しは、気怠さと僅かな疲労を湛え俺を見つめていた。昨夜は遠征から戻ってきた短刀部隊の手入れに追われ、寝るどころの騒ぎではなかったのだろう。全てを終えたのは深夜も幾刻を回った頃。そう言ったのは、今朝、目を擦りながら連絡に来た鶴丸だった。恐らく主は今の今までこんこんと眠っていたに違いない。

「……もう怪我は治ってる。あんたじゃあるまいし、無理などしていない」

 そういうあんたこそどうなのだと、主の調子を聞き返そうとしたというのに実際に俺の口からは飛び出したのはそんなぶっきらぼうな言葉だった。思っていることをそのまま言葉にするのは難しい。素直な短刀たちや、言葉巧みな光忠や鶴丸のように、俺はなれそうにない。霊力を使えば使うほど疲弊しこんこんと眠るあんたの体の方こそ大丈夫なのか。まだ眠らなくて平気なのか。疲れは取れているのか。手伝うことはないのか。聞きたいことは山とあるのに口にする前に霧散してしまう。舌の上で言葉が消える。そんな表現が的確だ。

「無理をしているつもりはないけれど……大倶利伽羅に心配をさせてはいけないね」

「俺は、別に……」

 心配などしていないと、そう答えるのだけはかろうじてとどまった。心配はしている。恐らく、この気持ちが心配なのだということは知っている。口ごもる俺を見て主は笑って、いつもよりも緩やかな歩みで俺に近寄ってきた。俺よりもやや小柄な主だが、寝起きで背を丸めているためかそれは更に小さく見えた。肌寒いのか左腕をほんの少しさするような動きをしていて、俺は考えるよりも先に、羽織っていた服から腕を抜いた。

「着ろ。寒いんだろう」

「え? ああ……いや、でもそれではお前が寒いだろう?」

「俺は暑い」

 脱いだ上着を主の胸に押し付ける。暑いというのは本当だ。内番はどれもこれも体を酷使するため体温が上がり汗をかき、とても上着など着ていられるなくなる。そこまで考えた時、馬当番をして汗をかいた男の服を着るのは嫌なのでは、と気付いた。汚れているだろうし、もしかしなくても汗を吸っている。臭うかもしれない。選択を間違えたような気になって俺は思わず手を引いた。一度差し出しておいて引っ込める言い訳が見つからず、何を言うでもなく目をそらした俺の手を主が掴んで、まるで子供を見るような顔で笑いかける。

「やっぱり借りてもいいかい?」

「……ああ」

 俺の手から上着が奪われた。羽織って、腕を通した主が「ありがとう」と言う。礼を言われるほどのことなどしていないというのに、俺の胸は妙にざわついていた。

「大倶利伽羅、おいで」

 主が僅かに腕を広げそう言った。抱きつけということなのだろう。しかしここは馬小屋で、今は昼過ぎで、周囲は明るく開けていて、どこに誰がいるかも分からない状況だ。主の部屋ならばまだしも、こんなところで素直に抱擁など出来るわけがない。硬直する俺の腕を主が引く。俺よりもだいぶ弱い力だというのに何故か抗えなくて、俺の体は主の腕の中に収まってしまう。いつもの可愛げのない言葉も、こういう時に限って全く出てこない。抱き締め返すことの出来ない無骨な自分の腕が不自然に宙に浮いている。

「うーん……この服から大倶利伽羅の匂いがするせいかな。抱きたくなってしまった……」

「な……っ」

 何を馬鹿なことを言っているのか。言葉を失って固まる俺の背中を主の手が撫ぜる。藁を運んでいた直後で汗ばむ衣服の下に、冷えた手が滑り込んだ。今は触らないでほしい。俺だったら他人の汗は気持ち悪いと思うはずだ。しかしそれを上手く伝えられる自信がないどころか、気持ち悪いから触るななどと言ってしまう可能性すらあるので言葉にすることが躊躇われる。黙って体を離そうと思い主の腰に手を当てたが、抱き締める腕と胸から伝わる体温が名残惜しくて、まるで体が言うことを聞かなかった。ここが部屋ならば。せめて人目につかないところなら、この男の体を抱き締め返すことも出来たのかもしれない。

「おい……俺は……汗が……」

 なんと説明するべきか。断片的な言葉が口をつく。

「うん。頑張ってる証拠だ」

 そういう意味ではない。ぬめる背中を主の手が往復する。火照った体にひやりとしたその手は心地いい。主の腰に当てた手に力がこもる。俺は何故この男を抱き締めたいと思うのか。何故腕を伸ばして体を引き剥がせないのか。何から何まで理由が見つからない。光忠なら、器用で知識の豊富な、人間みたいな友ならばそれが分かるのだろうか?

「大倶利伽羅の体は熱いね……怪我はもうよくなったみたいだね」

 手が、腰へ落ちる。骨をさすり、太ももを撫で下腹を辿る。そこから下へ向かおうとする主の手を俺は咄嗟に掴んだ。それ以上はまずかった。慣れない肌の接触に、股間の一物が僅かに勃起してしまっているのを知られたくなくて、反射的に取った行動だった。

「大丈夫、誰も来ないよ」

 見透かしたような言葉だ。腕を掴む俺の手を主の反対の手がさする。こちらも少しひんやりとしていた。内番着の下履きの中へ手が潜り込む。昔はこんな触られ方をすることなんてなかった。一体いつからこのような人間の真似事をし始めたのか自分でも分からないが、とにかくこのような関係になって久しい。硬く熱を持った股倉のそれを冷えた手がさすると腹の奥がヒュッと冷えるような感覚がある。思わず後退りすると主も距離を詰めてきて、背中に馬小屋の壁が当たった。馬の鳴き声がこの奇妙な現実へ俺の意識を引き戻す。

「おい、誰か来たら……」

「見られるくらい、問題はない……そうだろう、大倶利伽羅」

 男の手が自分の着流しの前を割った。引き出された主の陰茎もまた俺と等しく勃起している。いつの間に。思わずゴクリと喉が鳴った。見慣れたそれに、つい尻に力が入ってしまうのが情けなかった。

「ここで挿入は難しいが……少し楽しむくらいなら、いいだろう?」

 囁く主の体が俺の体へと押し付けられる。少し早い心臓の音が俺の胸へ流れ込む。熱い体温が流れ込む。下履きをずらされると俺の陰茎も外へ出されて、弾んだ拍子に主のそれに僅かに触れた。あっ、と小さく声が漏れる。

「し……声はあげてはいけないよ」

 すり、と先端を指がくすぐる。主の右手が俺の陰茎を掴んで、乾いた手の平が覆いゆっくりと上下した。俺もそれに倣って主の股間に手を添える。立ち上がるそれの根本を握り、指で作った輪で上下に擦った。主が微かに声をあげて、耳に流れ込むその甘さに喉が鳴る。

「上手だね……気持ちいいよ、大倶利伽羅……」

 にゅこ、にゅこ、と俺の陰茎を扱きながら主が囁いた。興奮しきっている俺の陽物の根本から先端までを男の手が丁寧に扱いている。声をあげるなと言われているので何とか殺しているものの、荒くなる呼吸はどうしようもなかった。主の肩口に顔を埋め、主の男根をさすりながら快楽を追いかける。早い段階から興奮していた俺はもう限界が近くて、目前に見える悦楽に思考までもが霞んでいる。駄目だ、やめろと思うのに腰が動いてしまう。腰を揺すると主の亀頭に俺のそれが擦れて、堪え切れない声が喉から漏れた。

「ぁっ……ん……んっ……んっ……」

 例えようのない、甘いような匂いが鼻に流れ込んでくる。これはきっと主の汗の匂いだ。深く息を吸うとそれが肺を一杯にして、俺は考える余裕もなく、目の前の肌にしゃぶりついた。白い首筋は甘く、それでいて少しばかり塩辛い。腰を動かしながら夢中で皮膚を舐めしゃぶる。光忠でも鶴丸でも他の誰でもなくこの俺に情欲を向ける低い声が、耳の隣でくつりと笑った。

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200711