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へし切り長谷部
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 資源がないという状況は、わりとどの本丸でも陥りやすい最初の難題だという。鍛刀、手入れ、刀装なんかとむやみやたらに資源を利用するから、調子に乗って無計画に事を進める経験の浅い審神者にはよくあることだと、こんのすけにやんわりと窘められたのはつい先日のことだった。資源が不足する状況は多々あれど、就任当日に資源を使い切るほど無計画な審神者は僕を除いてもそう多くないはずだ。そうは言ってもこの広さの本丸を僕と初期刀である加州清光の一人と一振りで維持するのはあまりにも無謀で、まずは人手を増やそうと刀作りやら刀装作りと浪費に浪費を重ねたのは致し方のないことだろう。申し訳程度に練った本日の予定を告げるべく不慣れな朝礼を開く僕の右隣で退屈そうに髪を弄る乱藤四郎の、そのまた隣に座るへし切り長谷部だけは一言も聞き逃すまいと熱心に耳を傾けてくれている。その真面目さが、資源を食い潰した新米審神者である僕の胸を一層痛め付けるのだが。

「なるほど。では今回の遠征はこの長谷部にお任せ下さい。資源を集めるだけであれば、俺一人でも事足りましょう」

 この本丸が陥っている状況を説明すると、長谷部は待ってましたと言わんばかりにすかさずそう言った。管理のままならぬ僕を責めるでもなく、背筋を伸ばして強い口調で答える様子に少しばかり安堵する。僕がそれではいけないとは分かっているけど。

「いいの? でも1人だと不便だろうし、誰かもう1人くらい……」

「いいえ。各々主に仰せつかった役目がありますから。ここは俺1人で」

 屹然とした声音で辞退されては僕もそれ以上言うことは出来ないため肯いた。現在この屋敷には僕と清光、そして就任当日に鍛刀した乱、歌仙、そして長谷部の1人と4振りしかいない状況だ。僕は僕で政府に報告するための報告書や屋敷の管理や進軍に当たっての勉強などもしなければいけないし、畑仕事、炊事や洗濯など戦う以外にもやるべき事は山とある。むしろ戦力が整っていない現状、割合としてはそちらの方が重要ですらあった。その中で限られた人数を割き資源を取りに行かせるのは気が引けるものの、それをしなければ刀を守る刀装を用意することも出来ないのだから、今回は長谷部に頼らざるを得ないだろう。先が思いやられるとはまさにこのことである。この場にいる刀たちもそう感じているのだろうかと思うと肩身が狭く、少しの居心地の悪さに肩を揺らす。

「ごめん長谷部。僕がきちんと管理してれば……」

「いいえ、主はすべきことをなさっています。ご立派ですよ。それに、お役に立ててこその刀。最良の結果を、主に」

 そうして彼は恭しくこうべを垂れた。長谷部が顕現して以来何かとこちらを立てて親切にしてくれるし、彼は頭もいいのでつい頼りきってしまう。親身になってくれる大人という存在は僕にとっては珍しくて新鮮で、まるで裕福な家に生まれた御曹司のようで少し調子に乗ってしまっているのも否定出来ない。

「ありがとう。じゃあ資源の方は長谷部に任せる。頼んだよ」

 はい、と長谷部は返事をした。僕の左隣に座る清光の隣、微笑を湛えた歌仙がフフと声を漏らす。視線を向けると、笑い声の主は柔らかそうな細い菫色の髪を揺らし、小さく「失礼したね」と呟いた。彼は仕切り直すようにコホンと咳払いをする。

「では僕は今日も炊事当番に専念させてもらうよ。少しずつこの体にも慣れてきたからね。色々なものを作ってみたいんだ」

 刀にもそれぞれ人格が宿り同じ刀にもそれぞれ個性が存在することは政府からの資料にも書いてある通りだが、こと歌仙に関しては、その統計結果が顕著である。何千何万といる審神者たちから提供された刀の情報は統計としてデータベースに収集され、彼を鍛刀したその日に検索したところ、どうやら彼は風流を愛し雅に固執し、美しいものや没頭出来るものに傾倒する傾向にあるのだという。有り体に言うのならば料理だとか俳句だとか、芸術を極める方向性に向かうということらしかった。資料にはどの芸術に食指を伸ばすかは刀の個体によると締め括られていたものの、生き物を切る刀より大根を切る刀の方が平和的でいいじゃないか。そんなことを掻い摘んで彼に言うと、彼は朗らかに笑いながら「僕はこう見えて器用なんだ。期待していてくれ」と言った。
 そんなやり取りがあったから、僕は彼に厨房を任せることにした。こんな言い方をすると偉そうではあるが、最低限食べられる程度の調理しかしたことのない僕があれこれ知恵を尽くすより、向上心の高い者に統率を任せた方がいいという判断だ。好きこそものの上手なれ、という言葉は、受けた義務教育の中で最も好きな言葉だった。僕の右隣に座る乱が、ようやくつまらない業務連絡が終わったからか、意気揚々と声を上げる。

「じゃあ僕は昨日畑当番やったから、今日は馬当番だねっ」

「げ。じゃあ俺が畑ってこと? 俺汚れる仕事嫌なんだよなー」

 今にも鼻歌を歌い出しそうに上機嫌な乱をよそに、清光は眉を寄せ露骨に嫌そうな表情をして言った。小綺麗な見なりに爪の先まできちんと手入れをするこの刀のことだから、爪の中に土が入るような作業や、手にマメが出来るような仕事は嫌いなのだろう。もっと人数がいれば内番の順番が回るまで時間があるのだろうが、現状2人から3人で当番を組むしかないので仕方ない。すかさず「文句を言うな!」と叱責を飛ばす長谷部を横目に拗ねたように唇を突き出しながら自分の爪に目をやる彼を見て僕も苦く笑う。

「ごめん清光……くん。人手が足りないから順番が早いんだ。僕もあとで手伝うから、頼むよ」

「あー、別に……それはいい、けどぉ……」

 よそよそしく声を抑えた清光がちらりとこちらを見たかと思うと言葉尻を窄めて視線を外した。何か言いたいことがあるのに言葉が見つからずに恨めしいという彼の目は、どこか妹のそれを連想させた。長谷部、乱、歌仙の三振りと違い、清光だけは初日からずっとこんな感じだった。話しかけると応答はしてくれるものの、どこか距離がある。他の刀と話すときにはそんな素振りは見せないのに、僕と話すときにはいつもこうしてすぐに視線を逸らしてしまう。おかげで僕の方も妙に気を遣ってしまうという体たらくである。政府のデータベースにある加州清光という刀は審神者に対して非常に友好的のはずなのだが、僕の前にいる同一の刀は友好的とは程遠い対応だ。何か気に障ることでもしてしまったかと考えても、顔を合わせて丁度7日、心当たりといえば資源を根こそぎ喰らい尽くしたことくらいしかない。はたしてそれが原因なのだろうか。確認しようにも最低限の話をすると彼は踵を返してしまうため、その理由は未だ分からずにいる。

「うーん……はは……。じゃあ、今日の朝礼はここまでにしようか。長谷部は30分後に正門前に集合。いいかな」

「は。主の御心のままに」

「その返事はちょっと堅苦しいかな」

 笑いながらそう答えると、長谷部は何を言うでもなく微笑を浮かべて応答した。戦いもある最中一振りで遠征に行かせる僕を寛容するような微笑みに少しの罪悪感がよぎる。情は不要。刀は戦の道具である。政府の教えを僕よりも明確に理解しているのは刀たちの方だ。机に手をかけ腰を上げた僕を四対の目が追う。会話の途中には必ず逸らされる清光の目が、席を立つ僕の横顔を注視するのが視界の端に僅かに見えた。

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200312