人間の女と付き合っている話
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 彼女からのメッセージが届いたのは早朝だった。昨日はお腹が空いていたから夜更けに食事へ出掛けて、たまたま知り合いに会ったのでまるで学生みたいに河川敷の階段に腰をかけながら長話を楽しんだ。僕は断然女性のふくらはぎが柔らかくて美味しいと思うのだけれど、彼は安い鶏肉みたいな、筋肉質でパサパサした食感の上腕がいいと言っていた。人それぞれ食べ物の好みはあるからね。好きな部位を食べればいいと思う。そうして僕は右足、相手は右腕にかじりつき、昔こんなことがあったね。あんなこともあったね。なんてつまらない話に花を咲かせて、気付いた頃にはもう日が昇る手前だった。寝不足で臨時休業とするわけにもいかないし、多少の仮眠を取ってから店を開けようと思いバックヤードのソファに横たわったのがほんの3時間前だ。世間一般がどうなのかは知らないけど、朝7時は僕にとっては早朝なのでその時間に連絡をしてくるのはクレイジーだ。電源落としとけばよかったかな、なんて内心で思いながら、テーブルの上に放置されたスマホを指先で手繰り寄せる。仰向けで寝転んだままに確認した画面には、恋人からのメッセージが表示されていた。

『今日は忙しい? 9時に駅前、来れそうだったら来て』

 用件のみ、しかも文面から察するに来なくてもいいって感じの味気ない文章だけど、これはもしかしてデートのお誘いかな。だとしたら、いつも大学の講義やバイトや友人との約束など何かと忙しい彼女からこんな提案があるのは珍しい。あるいは男手が欲しいとかいう単純な理由かもしれないけれど、例え荷物持ちでも僕は楽しいから構わない。むしろ「絶対来て」くらいに言ってくれてもいいのに。睡眠が足らず微かに痙攣する目蓋を擦りながら文字を打つのは億劫で、メッセージを開いたその手で折り返しの電話をかけてみた。数回のコールで相手が出る。

『もしもし? ウタ? どうしたの?』

「ん……打つのが面倒でさ。ところで莉緒は今日暇なの?」

 我ながら寝起きで掠れた酷い声だ。軽く咳払いしてコンディションを整えようとしても乾燥した喉では限界がある。反対に莉緒の声は朝も早いというのに明るく元気でハキハキしている。血圧の違いかな。それとも食べているものの違いだろうか。

『うん。ねえウタ聞いて。昨日マリがね、シフト代わってーって言ってきて、理由聞いたら彼氏からの誕プレで2人でランド行くんだって。私も予定なかったし、マリも超嬉しそうだったからまあいいかなーって。それでね、さっきマリから開演待ちの写真来たんだけど、外でカチューシャ買ったらしくてもう既にはしゃいでるの。ヤバいよね』

 電話の向こうの彼女は歩いているのだろうか。少し呼吸が弾んでいる。普段よりも饒舌に語る様子はいかにも上機嫌そのものだ。マリという名前の友人と僕は面識がないけれど、きっと彼女にとっては非常に仲のいい、親友のようなものなのかもしれない。例えば僕にとっての蓮示くんみたいな。マリという友人の話に興味はないものの、笑みを混じえて話す莉緒が可愛いので僕は相槌を打つのに徹しそれを聞いた。一頻り話したいことを話し終えたのか恋人の声が一瞬途切れ、それからまた思い出したかのように再度言葉を紡ぎ出す。

『それでね、今日オフになったから1人で買い物に行くつもりなんだけど、その前に朝ごはん一緒にどうかなって。ウタもそのくらいの時間ならあるよね。ていうかごめん、もしかして寝てた?』

「寝てたけど、もう起きたよ。莉緒のモーニングコールで目が覚めたから」

『バカ。モーニングコールしてきたのそっちなんですけどー』

「そうだっけ。まあいいや……9時に駅前でいいんだっけ? それとも家の近くまで迎えに行こうか」

『絶対ダメ! ママはウタのこと知ってるけど、パパには写真見せてないもん。ウタの姿見たらひっくり返って腰抜かしちゃう』

「はは……オバケみたいに言うね」

『オバケはクチピもタトゥーもしません』

「基準はそこなの?」

 いると思うけどな、ピアスもタトゥーもしているオバケも。僕が死んで、化けて出たらその第一人者だ。といってもオバケなんてものを僕は信じていないから、そもそも前提からして変な話である。そんなことより彼女が僕の写真を母親に見せているとは思ってもみなかったのでそちらの方が衝撃を受けている。彼女は見た目こそ軽い雰囲気があれど一応いいところの大学に通うお嬢様なので、ありとあらゆる部位に墨を入れた男を連れてきたら確かに父親は失神するかもしれない。なんなら殴られてもおかしくないんじゃないかな。僕もいずれ莉緒のご両親に挨拶に行ったりするのだろうか。人間みたいに。想像すると何だかとても滑稽で、思わず笑ってしまった。

『何笑ってんの! もう、遅刻厳禁だからね!』

 じゃあ後でね、と言い残し、楽しげに笑う彼女は電話を切った。僕たちはあまり電話で話をするタイプではなかったけど、未だかつて電話でここまで機嫌がよかったこともないような気がする。それにしたって1人で買い物か。だとすればさり気なく朝食のあとも一緒に行動出来そうだな。9時に駅前というと8時半にはここを出たいし、出掛けるのなら昨日染み付いたであろう血の匂いを落とすためにも、シャワーは確実に浴びておきたい。いくら鈍い彼女といえど、髪に纏わりつく鉄の匂いに至近距離で気付かないほどの鈍感ではないはずだ。身支度を計算に入れると、今すぐ自宅に戻ってシャワーを浴びれば出発するのに丁度いい具合だろう。鉛のように重い体を持ち上げて、垂れ下がる髪をかきあげため息をつく。正直とても眠たいけれど、貴重な楽しい時間をむざむざ逃すほどのんびりもしていられない。幾度か頭を振り力技で視界をクリアにさせて、僕は欠伸を噛み殺しながら立ち上がった。

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191123