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人間の女と付き合っている話
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 僕の恋人は僕に全く興味がない。もしかしたら表面上そう見えるだけで本当は僕のことをちゃんと、普通の恋人らしく好きでいてくれてるのかもしれないけど、あんまりそう感じた試しはなかった。現に彼女が僕に会いに来てくれる日は多くない。付き合って三ヶ月、普通の恋人たちが逢瀬するのが週に一度だとしたら、僕たちは倍の二週に一度だ。もっと会いたいし話をしたい。あわよくば体だって重ねたい。これを人に話すと「お前の方から会いに行け」と口を揃えて怒られるけど、なんかそれは違う気がする。何がどう違うのか言葉にして表現するのは難しいのだが、多分僕は、欲しいんだと思う。興味が。信頼が。愛が。与えるのも、もちろん悪くはないけれど。
 フルオーダーのマスクの製作に取り掛かり早2時間、完全に集中が途切れて頭の中をいくつもの欲望がぐるぐるとイタチごっこのように湧いては消える。お腹空いたな、とか。眠たくなってきたな、とか。そうして集中力がなくなると作れるものも作れなくなるため僕は潔く手を止めた。コーヒーを入れて、オヤツにと取っておいた食料でブレイクタイムにでもしよう。立ち上がり簡易キッチンに移動しようとしたとき、ドアベルがカラコロと音を立て来客を知らせた。条件反射で僕の顔が入り口を向く。

「こんにちは。今忙しい?」

 顔を覗かせたのは僕の恋人だった。長い茶髪を首の横で緩く一纏めにし、オフショルダーのトップスにショートパンツという、いつもと同じく露出の高い格好で現れた彼女は鼻に乗せたサングラスを持ち上げて薄暗い店内を覗き込んでいる。

「ああ……うん。どうぞ。誰もいないから」

 そうして中へ誘うと、彼女は店内へと足を進める。外したサングラスは大きく開いたシャツの胸元の、丁度谷間の辺りにつるを差し込んでいる。あまり豊満とはいえないサイズではあるけど、そうしてサングラスの重量がかかるとシャツがたわんで胸の谷間がハッキリと視界に映る。こういうことを他の男の前でもするところは少し困る。見られることに慣れているからこそ警戒心も薄くなってしまうんだろう。それにしたって肌から匂い立つ食欲を誘う香りが僕の喉と胃袋を刺激する。彼女は今日も美味しそうだった。

「仕事行く前に会いに来ちゃった。ね、これどう? うちの新作のピアスなんだけど」

 仕事に行く前に会いに来る時間があるなら、もっと頻繁に来てもいいんじゃないの。顔の横に垂れ下がる揉み上げを耳にかけながら、莉緒は自分の耳にぶら下がるアクセサリーを僕に見せ付けてくる。手を伸ばし銀色に輝くそれを指ですくうとスタジオのライトをキラキラと反射させて少し眩しい。正面に黒い石コロがはまったそのピアスは先に白く小さな花のモチーフがあしらわれていて、確かに今まで見たことのないデザインだ。少し重たいデザインではあるものの莉緒の白い肌には似合ってる。そうした感想を引っくるめて一言「いいと思うよ」と返すと、彼女はつまらなそうに視線を逸らして「そう」と答えた。会話がプツリと途切れてしまう。僕は口下手と言われればそうかもしれないが、こう見えて一応接客業なのだからそれなりに会話を繋げるのは得意な方だと思う。実際、お客さんと話すときにはこんなにも不自然に話題が切れることはなかったような気がする。何か彼女を楽しませてあげられるようないい話題はないかな。考えたところで、それこそ営業用の当たり障りない話題しか持ち合わせがないため絶妙な会話は思いつきそうにない。あ、そうだ。コーヒーを入れるんだった。不意にやるべきことを思い出した。莉緒も飲むだろうか。

「コーヒー入れるけど、飲む?」

 問いかけると、少し唇を尖らせ不満気な表情を浮かべた彼女はうんと頷いた。

「……? 何で拗ねてるの?」

「拗ねてない」

「でも、タコみたいになってるよ」

「なってないってば! バカ!」

 女の子ってよく分からない。ピアスのデザインだって褒めたしコーヒーだって入れてあげるのに、どうしてそんなにピリピリしているんだろう。僕の胸を叩く拳から逃げるようにキッチンへ移動して、シンクの隣に置いてある電気ケトルに水を入れる。電源をオンにして湯が沸くまでの間にインスタントコーヒーの粉をカップに放り込んだ。僕はブラック、莉緒はコーヒーフレッシュを1つ。コーヒーを入れる僕をスタジオから監視する恋人は「私、ミルク1つね」とリクエストを飛ばしている。そんなこと、言われなくても覚えてるのに。棚から取り出したミルクのフタを開け、忘れないうちに莉緒のカップに入れておく。

「仕事は何時から? まだ時間あるならカステラも出そうか」

 喰種である僕はもちろんカステラなんて食べれたものじゃないけど、人間である莉緒にとってカステラは茶菓子に最適なはずだ。時折もらう差し入れは誰かが食べないと消費されないからむしろ食べてくれる方がありがたい。彼女は自分の腕時計に視線を落とすと少し考えるように唇をつぐみ、それから首を横に振った。

「ごめん。折角だけど、コーヒー飲んだらもう行くね。予約入ってるから、早めに行って準備しなくちゃ」

「そっか。残念」

 残念だ。ピアススタジオのクルーとデッサンモデルを兼業する彼女はいつも忙しい。むしろ忙しいというより無理矢理用事を作って僕を避けているようにすら見える。付き合った当初はもっと僕を優先してくれて、僕のことが好きだと全身で表現してくれていたのに、今は僕ばかりが彼女のことを好きみたいだ。寂しいっていうのかな、この感情は。電源の落ちたケトルを持ち、沸いたばかりのお湯を2つのカップに注ぐ。彼女がここを出て行く時間を少しでも先延ばしにしたくて出来るだけゆっくりお湯を入れて、それでも簡単な作業はすぐに終わってしまった。左手に自分の、右手には莉緒のコーヒーを持ってスタジオに戻る。イスに腰掛けた彼女は何をするでもなく自分の爪に視線を落としている。

「はい、どうぞ。熱いから気をつけて」

「うん。ありがと」

「あ、ネイル変えた? 可愛いね」

 両手を伸ばしコーヒーを受け取った莉緒は僕の言葉を聞くと俯いて、うん、と答えた。照れてるのかな。可愛い。

「バカじゃないの、もう……」

 言葉少なく僕を罵倒した恋人は苛立ちを隠そうともしなかった先程と打って変わって満更でもない様子だった。心なしか耳も赤いような気がするけれど、一体全体何が彼女のご機嫌スイッチを押したのか皆目見当がつかない。ネイルを褒めたのはよくてピアスはダメ? 本当、女の子ってよく分からない。それでも不機嫌そうなむくれ顔よりは機嫌よさそうな方がいいに決まっているから、僕は恋人の隣に腰を下ろしてコーヒーを飲んだ。流石に彼女の目の前でオヤツを食べることは出来ないけれど、いい香りに包まれながら飲むコーヒーはおいしいね。

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190818