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選択権のない話
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 長曾我部元親と伊達政宗。仰々しい名前に相応しく悪目立ちが服を着て歩くようなこの両名は、BASARA学園で最も問題を抱えた生徒は誰だと問われれば誰もが真っ先に名を挙げるであろう男の代表である。それは同級生の口のみならず兄の口からも度々漏れる名であり、彼らの話の最後には必ず「お前は絶対に関わるでないぞ」と、幼き日に初めて包丁を持ったときよろしく強い口調で締め括られる。悪名高く、しかし何故か信者も多いそれらの人物に興味がなかったわけではない。だがそれは兄の言い付けを破るほどの好奇心かと言われれば決してそうではなかったし、兄の激昂を買うことを天秤にかければ、それはほとんど興味がなかったと言い直してもいいだろう。僕は兄上を怒らせたくないのだ。もちろん兄上に対する畏れもあるが、それだけではない。兄上は亡き両親に代わり僕を育ててくれたお方で、兄でもあり、親でもある。ゆえに兄上を悲しませるような真似だけは絶対に避けようと心掛けてきた。だから長曾我部元親も伊達政宗も、名だけを記憶し出来る限り接触しないよう気を配っていたつもりだった。それなのに、僕はその禁を侵してしまった。口からでまかせで兄を騙し、その場しのぎの嘘まで吐いた。慧眼の兄はそれに気付いているはずだ。彼が怒るのも無理はない。静まり返る自宅のリビングで黙々と夕食を咀嚼する兄上は、まるで僕との会話を拒むように目を伏せ事務的に、それが生活のルーティンだと言わんばかりの所作で食物を口へ運んでは噛み締めている。正面に座る僕もまた言葉もなく米を噛む。粘度の高い砂のようだ。重い沈黙に浸る米も魚もどれもこれもが味がせず、噛んで飲み込むだけというのに酷く時間を要した気すらする。どうにか兄の機嫌を取りたいのに、上手い言葉が見つからない。

「纏。1つ聞く」

 息苦しさすら覚える空気を打ち破り口を開いたのは兄上の方だった。てっきり今日はもう兄の声は聞けまいと思っていた矢先の出来事だったため僕は口に入れた米を噛むことを忘れ飲み下す。塊が喉を押し広げ食道へ流れ込む異物感に思わず噎せそうになるが、水を差してはならないと、懸命に咳を抑えて箸を置き姿勢を正す。

「長曾我部元親には助力を受けただけ。そうだな?」

「は……、はい……」

 僕の声は震えていた。手助けはされていない。それは僕が、憤怒に染まり今にも相手の首へ手を掛けんとする兄の怒りを収めようとついた嘘である。それに、あの場にいた当事者である僕にも理解出来ないが、あの時確かに、僕は長曾我部元親に告白されていた。初めて言葉を交わした仲だというのにしつこいほどに食い下がり、自分と交際しろ。それが叶わぬであればそれを肩書きに友好関係を結べと、そう迫ってきた事実を、一体どうして兄へ説明していいのかが分からなかった。長曾我部元親という男が兄上から聞き及ぶ通りの、常軌を逸した男というのは今回のことで痛感した。決して関わってはならないと言った理由もだ。背後に控え長曾我部元親の肩を掴まんとしていた、同じく悪名を欲しいままにしている伊達政宗の方が余程まともに見えるほど、長曾我部元親の第一印象は狂気じみていた。僕の反応を見た兄上は微かに眉を寄せ目の乾きを潤すために瞬きをする。射抜くような鋭い視線に、箸を持つ手までもが震えそうだ。震えてはならない。動揺してはならない。あの場とは違い、今の冷静沈着を絵に描いたような兄上には僕の虚妄など通用しない。これ以上の言及はどうにか避けたくて自然と伏せていた顔を持ち上げ上目に兄を窺った。真冬の吹雪を纏った切れ長の瞳が僕を見つめ、それから薄い唇の合間から細くため息が吐き出される。

「……まあ良い。金輪際アレと関わるでない。アレは教員にも目を付けられておる故、妙な噂が立てば貴様の略歴に傷が付きかねん。我が弟として、毛利の名に泥を塗る関係は避けよ。良いな?」

「は……はい……」

 膝の上で拳を握り締め頷いた。兄上はもちろんあの2人、特に長曾我部元親の方を毛嫌いしているようだが、それに加えてそれら非行を進む交友が僕の内申にもたらす悪影響を強く心配して下さっているのだ。これは決して僕だけの問題ではない。僕が彼らに付け入る隙を見せれば兄上にも迷惑がかかってしまうと、そう自覚しなければならない。僕の決意を認めた兄は「分かれば良い」とだけ呟き、空いた食器を持ちキッチンへと移動する。完璧主義の彼は食後すぐに汚れた食器を洗いたい人なので、僕も早く済ませなければ。置いた箸を再度持ち上げ幾分か軽くなった空気に安堵しながら煮魚を口へ運ぶ。長曾我部元親に告白されたという話は、その日、ついぞ兄に告げることは出来なかった。

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190814