寡黙な青年と無口な少女の話
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「話ってのは他でもねえ。My sister……千夜のことだ」

 私と妹君が互いの顔を見つめ硬直したのち、姫君を追う片倉氏、私を探し室へ赴いていた伊達氏、その両名に声をかけられることで、流れることを忘れ停滞した刻はようやく思い出したかのように再度流れはじめた。片倉氏は私を見て「すまねえな柴田」と呟き、怯える少女を抱え上げその場を去る。私はといえば、そのまま伊達氏に連れられる形で彼の室へと足を運んでいる。陽に照らされる白い上衣は細くも逞しい均整の取れた肉体を包み、闇に沈む私には手を伸ばすことさえ痴がましいほど眩く輝いている。襖を開けて室の中へ通され、出された座布団に腰を降ろすとおもむろに伊達氏が語り出す。それが冒頭の台詞である。薄い口唇から繰り出される一言一句を聞き逃すまいと、私は耳を傾ける。

「早めに紹介しとこうとは思ってたんだが…どうもtimingを逃しちまったな」

 今までにも頻繁に口にした帯眠具、というものは伊達氏のよく使う異国語である。前後の文脈から察するにこれは時期の折り合いを意味するのだと思うものの、未だその真意は測りかねる。恐らく、伊達氏は何から話すべきかを迷っているのだ。語りたくない事の1つや2つあったところで何も可笑しくはない。それが一国一城の主であれば尚更の事。瞬きをするのみで、私は次の言の葉を待った。

「Ah……誰かしらの口から聞いてるとは思うが、ありゃあオレの妹だ。名を千夜という」

 聞き及んでいる、と相槌を打つ。今の今まで御姿をこの目に焼き付ける事こそなかったが、皆が口々にその名を呼んでいたのだ。それこそ知った名である。そうか、と呟く伊達氏が微かな安堵を滲ませ視線を伏せた。

「千夜は人嫌い……というより、極度の人見知りと言ってもいい。殊更男を嫌ってやがってな。本人も治そうとしちゃいるようだが、あの通り……許してやってくれねぇか?」

「許すも何も、私は気にしておらぬ故……。それにしても、男嫌い……か」

「ああ。まともに話を出来るのは侍女と……男はオレと小十郎くらいのもんだ」

 なるほど、それならば私を見たときのあの怯えようにも合点がいく。言葉を失った少女の瞳に、私の姿が百鬼夜行から抜け出した怪異と見えていたわけではないということだ。ならば、と脳裏に一抹の疑問がよぎった。人を嫌う理由。それは彼女の容姿にあるのでは、と。私の浅慮に気付いたか伊達氏は神妙な面持ちで頷いた。何を言うべきか迷ったように頭をかく様子から、それが伊達氏にとっても苦い内容であるということが窺える。

「あんたも気付いたろう。千夜の……」

「目、だろうか」

 いえや、と伊達氏が相槌を打った。頷く表情は重苦しく、まるで宵闇に餓鬼にでも襲われたかのような沈痛さすらある。やはり彼は何から話すかを決めあぐねているようであった。肝の据わった伊達氏にもこれは手に余る案件なのやも知れぬ。それが自らの、しかも年頃の妹君であれば悩みの種は尽きまい。青い瞳。光を浴びて煌々と輝く双眸に、あの時私は目を奪われた。まるで異国の民のようで、美しくもどこか恐ろしさを感じた。恐らく千夜姫様の人見知りの原因はそれにあるのであろう。この世の者ではないものを見るかの如き眼差しで覗き込む他人の目を、彼女は恐れているのかもしれない。人の目の恐ろしさ、その片鱗は私にも分かるような気がした。

「まあ……千夜はあまり外に出ねえが、もし見かけたら気にかけてやってくれると助かる。あんたはうちの連中と違って品があるからな。千夜にとってもmildな刺激になるはずだ」

「……承知した」

 そうしてその話は終えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

180605