×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


寡黙な青年と内気な少女の話
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 伊達氏率いる奥州に身を置き早三日が経った。あちらこちらで間見える者たちは礼儀などあってなきような、まさに荒くれ者と呼ぶに等しい所作混じりではあったが、すれ違う者の顔に、織田軍で日々見たような恐怖や怯えの色はまるでない。むしろ活気に満ち溢れ、人情味溢れる男たちばかりと思う。ほんの三日あまりではあるが、そんな清々しい空気を肌で感じていた。
 この邸で過ごすにつれて一つ、気付いたことがある。どうも伊達氏には妹君がいるらしく、時折どこぞから少女の笑い声と片倉氏の苦悶の声が聞こえていた。本人たちの口から聞いてはおらず、おそらく話すつもりもないのだろうと判断し詮索することはしなかったが、私に話しかける物好きな、よく言えば人の好い人間は口々に「千夜姫様」と声に出す。それが妹君の名なのだろう。恐れ多いことにどうやら私は客人と等しく扱われているようで、何をするでもなく日がな一日を室で過ごしていた。書をしたため、刀を手入れし、ふらりと現れる伊達氏や片倉氏と僅かな言葉を交わす。そんな退屈ともとれる一日に終止符を打たせて頂きたく伊達氏に申し出たところ、空いた刻には道場を使わせてもらえることと相なった。それにより私の日がな一日は少しばかりの刺激が増したように思う。体力と筋力の衰えを防ぐため道場で鍛錬した後、室へ戻るため道場の戸を開ける。空は高く蒼く、澄み切った空気が汗ばむ額を撫ぜていく。私に当てられた室は邸の隅の方に位置し道場からはやや遠い。しかし穏やかな速度で見る春の空というのは久しく、鬱屈とは無縁かのよう感ずるこの日常を繰り返すのもまた幸せだろうと、そう思う。
 重なり風に揺れる花を横目に渡り廊下へと差し掛かったとき、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。一体何事かと思案する間もなく腰に衝撃が走り思わず踏鞴を踏む。取り落としそうになった薙刀を抱え直す私のすぐ側で、鈴を転がしたような耳に響く少女の声が、小さく「きゃ!」と叫んだ。

「申し訳ない……怪我はないか?」

 何を考えずとも口をつく、常の通りの口癖が如き謝罪を述べ背後を振り返れば、私の足元、その思ったより低い位置で尻餅をついている少女は顔を歪めて腰をさすっていた。

「ごめんなさい、前を見てなく、て……」

 言の葉を紡ぎながら顔を上げた少女は私の顔を見上げ、小さく息を飲み込んだ。腰が抜けたかのように廊下をにじり私と己との距離をあける少女の顔には有り有りと怯えの色が浮かんでいる。自らを強面と思ったことはなかったが、この私の存在が、彼女を恐怖させていることは明らかであろう。微かに肩を震わせる少女とは理由こそ違うものの、私もまた等しく口を噤み呆然と立ち尽くしていた。少女の年の頃は伊達氏より三つ四つ、あるいはもう少し下といったところである。その幼い面立ちは、室の中で遠くに聞こえた笑い声から想像した通りの器量のいい調った相貌であったが、ただ一つ、たった一つの違和感に、私の目は釘付けとなった。

「……なんと、鮮やかな」

 私の口から思わずそんな言葉がこぼれ出る。
 少女の瞳は、青かった。今日のように透き通る春の空を切り取りはめ込んだような、空を映す湖に似た鮮やかな青。恐怖に見開かれたそれはこの日の本にあり得ない色を湛えていた。初めて見る色にかける言葉も忘れ、引きつった顔で震える少女をただただ見下ろし佇んでいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

180530