The assassin kissed me.
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 まるで人間とは思えない。それはイルミと初めて出会ったとき、その生気のない人形のような冷たい表情に対し俺が抱いた感想だった。何を考えているのかも分からない無機質にさえ感じる黒い瞳は今も昔も変わらぬ色でじっと俺を見つめている。それなりに長い付き合いになるであろうこの男の目に感情を見出したことなどただの一度もない。正方形のテーブルで向かい合わせに座りながら、俺は肉が突き刺さったフォークをおもむろに彼の前へと差し出してみた。

「食べる?」

「うーん、いいや。いらない」

 少し考えたあとイルミは答える。表情は依然変わらないのだが、恐らく本当に欲しいとは思っていないのだろう。感情の失せた生き人形は黙ったまま、差し出した肉を自らの口へ運ぶ俺の様子を眺めているようだった。昔は観察されているようで気味が悪く落ち着かないものだったが、しかし今はまあこんなものかな、なんて雑に思う。次は野菜の盛り合わせ、俺があまり好きではないブロッコリーをフォークを刺して、再びイルミの前に出してみた。

「どうして何度も差し出すの?」

 何度も懲りずにこうしてちょっかいをかけるからだろう、イルミが不思議そうに尋ねる。出された野菜には目線もくれず、やはり彼は表情の読めない瞳で俺を見つめている。

「んー……イルミが可愛いから、かな」

「俺が?」

「そう」

「変なの」

 実に素直な感想だった。くすりと笑って、俺はまた野菜を自分の口に押し込んだ。イルミの視線が手元から口へ移動するのが手に取るように分かる。

「イルミってさ……子供みたいなとこあるよね」

 もごもご口を動かしながら言うと、彼は一度瞬きをした。きっとこれは自分のどこが子供に見えるのかを考えているのだろう。予想通り訝しげに自分の体を一瞥したあと、彼は真っ直ぐに俺に向けた目をいつもより少しばかり丸くして瞬きをする。そんな仕草も思案する子供みたいだ。

「俺のどこが子供なの?」

「そういうとこ」

「どういうとこ?」

 子供のような押し問答。彼は頭はいいし暗殺者としての腕も凄いものだが、その他のことに関しては純粋で、あるいはただただ興味がないのだろう。俺はまたフォークに肉を刺しイルミの口先へと突き付ける。

「なに?」

「食べて」

「俺を刺すつもりなのかと思った」

「違うよ、食べて」

 ぐい、と唇に押し付ける。調理したてで多少は熱いだろうが、まぁイルミなら大丈夫だろう。渋々開いたその中に肉の刺さったフォークを入れた。口が閉じられ、しかしフォークを噛まれたため抜き取れない。どうしようかと考えつつ、ややもするとイルミが少し身を引いてフォークを離した。ささやかなイタズラも済ませ、さて食事を再開しようと満足気に皿を見て、そこで不意にドキリと胸が強く脈打つ。フォークがない。今の今まで確かに右手に持っていたはずのフォークが、消えている。在処を探すより先、ほとんど反射的にイルミへと顔を向けると、彼はまるで見せつけるかのように左手でくるくるとフォークを弄んでいるではないか。一体いつの間に。金属の温度が指からすり抜ける感触はもとより、イルミが動いた気配にすら気付かなかった。同じ暗殺者でもこれほどまで実力に差があるといっそ泣きたくなってくる。驚きよりも落胆していると、今度はイルミが、先程までの俺と同じく皿の肉をフォークに突き刺し俺を見た。

「食べてよ」

 言葉に促され、視線を外さぬまま眼前に出された肉に食らい付く。イルミが笑ったような気がしたが、多分それは俺の勘違いなのだろう。

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