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それを人は「恋」と呼ぶ
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 甘奈という少女は同い年の同性の中でもそれなりに整った容姿であり、男子生徒に好意を寄せられ告白される姿をしばしば見かけるような、そんな少女であった。切島も例に漏れず彼女の容姿に惑わされ、想いを告げたものの中々いい返事は貰えず、しかし諦めの悪い、よく言えば不屈の精神を持つ彼は幾度めかの告白によりようやく淡い恋心が実ったのである。あまりにもしつこいから交際を承諾したのでは、とクラスメイトは彼をからかったが、切島にとって例えそれが事実であろうと一向に構わなかった。ここから自分に好意を持ってもらうべく、男らしく真っ直ぐな努力をすればいいのだと、少年はひたむきに信じていた。
 対する甘奈は、そんな切島を面白い少年だと思っている。容姿につられ言い寄る男子は多くいたが、甘奈が「ごめんなさい。多分好きになれない」とピシャリと切り捨てれば、皆が皆すごすごと尻尾を巻いて去っていく。可愛い可愛いと言われて育った甘奈は自身の容姿が並よりも上に位置していることは認識していた。もちろんたまたま持って生まれた容姿だ、それを鼻にかけてお高くとまるつもりはないが、しかし男が自分に近付く理由も、女が自分を妬む理由も、高校生になった甘奈には正しく理解出来る、理由ある理不尽なのであった。雄英高校を受験したのもそんな地元から離れ、自分の存在が知られていない場所で高校生活を送るためだ。中学の同級生は甘奈にとって居心地のいいコミュニティではなかったし、同世代の女子のように恋だ何だとはしゃぐのは彼女の性には合わなかった。それは異性でも同じことが言える。故に告げられた想いはすべからく同じ言葉で一蹴してきたはずなのだが、切島という少年は不思議と諦めず、それどころか一度フれば翌日の朝一番に挨拶をし、二度フれば昼休みに声をかけて来るようになったではないか。何事もなかったかのような表情で甘奈の名を呼び、あっけらかんと笑いながら「俺やっぱ甘奈のこと好きだわ!」と言ってのける真夏の太陽が如き眩しい顔が、少女の網膜には残像現象のように強烈に焼きついた。では三度目はどうなるのだろう。疑問を抱いた甘奈は切島による三度目の告白もフッた。するとやはり、切島は放課後、帰り支度をする甘奈に声をかけるようになった。きっと四度目は電話でもかけてくるのかもしれない。それは少し面倒だったが、それよりも興味を抱いたのは、彼と付き合うようになったら彼がどのような行動を起こすかである。甘奈は四度目の告白も断った。

「しつこい男って大っ嫌い。でも、もう1回告白してくれるなら、付き合ってもいいよ」

 嫌いという言葉に臆して逃げればそれで結構である。甘奈にとって何のデメリットもない提案を即座に飲んだ切島は「なら付き合ってくれ! 絶対惚れさせてみせるから!」と、声も高らかにその場で五度目の告白をした。切島鋭児郎という少年は面白い男である。
 甘奈は口に含んだ棒付きキャンディーを舌の上で転がしながら、漠然とそんなことを思い出していた。デートの待ち合わせに遅れないよう少し早めに到着したのはいいが当の切島は約束の時間になっても来やしない。自分から誘ったくせに遅れて来るとは何事か、と思わなくもなかったが、こうして彼を待ちながら過去の記憶を掘り返すのも悪くない時間であると少女は感じている。頭上に輝く太陽の日差しから逃れるべく雑貨屋のオーニングテントの下へと移動し、半分ほどの大きさになったキャンディーをしゃぶりつつ、待ち人が現れるまで退屈を持て余す少女は時折歯の裏にそれをぶつけてカラコロと響く澄んだ音を楽しんだ。退屈は嫌いだ。退屈な人間関係も嫌いだ。甘奈の胸には常に鬱屈とした倦怠が横たわっていたが、しかし切島といる時には何故かそれを感じることがなかった。
 大通りの向こう、遥か遠くに派手な赤いツンツン頭が見える。きっと待ち人だろうと判断した少女は顔を上げ、背後にある大きなショーウィンドウを振り返ると手櫛で前髪を整えた。最低なことに今朝は寝癖が酷く、苦肉の策として長い髪を左サイドの高い位置で結んでみたのだが、若干子供っぽくはあるものの、意外と悪くはないかもしれないと彼女は内心で自画自賛した。口紅が落ちていないのを確認し思いつく限り目一杯可愛い顔で笑ってみる。流行りの真っ赤な口紅は切島と付き合うようになってからつけ始めたものだ。唇を染めた自分の顔は未だ慣れないが、これも思ったより悪くはないだろう。ショーウィンドウを挟んだ反対側で年若い母親に手を繋がれた小さな少女と目が合った。彼女もまた甘奈と同じくサイドテールで髪をまとめられているので、もしかしたら寝癖が酷かったのかもしれないと思った。

「甘奈ァ! ワリィ、スマホの充電切れてた!」

 けたたましく叫ぶ声に呼ばれて甘奈は振り返る。今日はどうして遊ぼうか。いつものように他愛ない話をしながらショッピングに付き合ってもらうのもいいし、折角なので普段は行かないゲームセンターなどで時間を潰してもいいかもしれない。夕方になったら一人暮らしをする甘奈のアパートへ移動して、高校生になったばかりの自分たちにはまだ早すぎる、大人の遊びをしたっていい。今日はまだ始まったばかりなので選択肢は多く用意されている。だがその前に、まずは遅刻した罰を与えなければ。今し方予習したばかりの笑顔でにっこりと笑ってみると、切島は申し訳ないような照れ笑いのような、複雑な表情を浮かべてもう一度「待たせてごめんな。俺喉渇いちまったからどっか入ろうぜ! なんか奢るからよ!」と甘奈の手を引いた。自然な流れで手を繋がれ思わず胸が高鳴るものの、肝心の切島は全くそれを意識しておらず子供のように無邪気だった。甘奈が早熟なのか切島が幼いのか、それは甘奈には分からない。屈託無い笑顔で誘導する彼を責める気が削がれた少女はひとまず口の中を占拠するキャンディーに歯を立て噛み砕くと「切島くん遅刻だよ? あとでお仕置きだからね」と、大人びた微笑で先手を取るのである。

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170222