L×R
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「待っていました遅かったですね」

 鍵を解除しドアを開けると目の前でしゃがみ込んでいたLがそう言った。ホテルに到着するのは十九時になると、午前中には電話を入れていたし、確認した俺の腕時計は予定時刻の五分前を示している。つまり時間より早い帰着のはずであったが、彼はいかにもずっと待っていたと言わんばかりの顔である。

「お待たせ。でも連絡した時間より早いだろ?」

「いつもより一時間遅いです」

「議会が長引いたからね……だから連絡を入れたんだけど」

「はい。しかし待ちくたびれました」

 スリッパに履き替え室内に移動すると不機嫌そうなままのLもそれについて来る。
 彼がこう言ってくるのは想定していた俺は、念のため購入していた紙袋を差し出した。彼はすぐさまそれを受け取り袋を開け中身を改めている。まるで子供のようで可愛いな、と思う。俺は脱いだジャケットをハンガーに掛けた。

「ドーナッツですか。美味しそうです」

「美味しいらしいよ。待たせたお詫びに買ってきたんだ、許してくれよ」

「はい許します」

 早速一つ口に咥えながらさも嬉しそうに頷いた。甘い菓子を買うだけで機嫌がよくなるのであれば安いものだ。ドーナッツをかじりながら俺の背中に張り付くLの頭を撫でてやりながらソファに座る。彼は今日一日をかけて監視カメラの映像全てをチェックすると言っていたが、何か掴めたことはあったのだろうか。テーブルの上に置いてある警察からの容疑者リストを確認しようと手を伸ばしたら、隣にしゃがみ込んだLが俺の体を抱き寄せた。

「うわっ、ちょっ、」

 体勢を崩されて慌ててソファの背に腕をついた俺と反対に、ドーナッツを咀嚼しているLは涼しい顔をしている。その目はじっとこちらを見つめていた。

「アールは何もしなくていいです全て私がやりますので。それよりあなたは私の横で大人しくしていてください」

 不健康そうな見た目にそぐわず痛いくらいの力がこもった腕で体を締め付けられる。Lのシャツに染み付いた甘い匂いが肺を侵食していく。

「いい匂いです。落ち着きます。私の安らぎのためにあなたの一時間をください」

 何の告白だよと思いはしたが、彼は随分自分に入れ込んでいるという自覚があった。他者との接触を好まないというのに俺に抱きついてくるのはそのいい例だ。ドーナッツを飲み込み指に付いたチョコレートを舐め取りながら、たまに思い出したように首筋に顔を埋めてくる。くすぐったいが我慢するしかない。
 恋人というわけでもなかったが、俺は彼からのこうした激しいスキンシップにも慣れてしまっていた。闇のように黒い瞳が間近で俺の顔を覗き込む。何を考えているのかさっぱり分からない目ではあったが、俺はやはり好きなのだ、この瞳が。

「キスがしたいです。いいですか」

「あぁ……うん」

 付き合っているわけでもないのによくないだろうと頭にはあるのだが、いざ真正面から問われるとまるで断れない。何故俺とキスをしたがるのか分からないが、確認を取ったLは更に顔を近付けてくる。鼻が当たらないように顔を傾け、目を閉じることもなく唇があてがわれる。俺は恥ずかしくて目を開けていられず思わずキツく目を閉じた。

 飴でも舐めているかのように唇が舐められてくすぐったい。何が楽しいのか、ちゅくちゅくと音を鳴らしながら吸い付いては離すを繰り返している。口の中に入ってきた舌があまりにも生々しくて逃げようとしたが、しっかりと抱き込まれているせいで顔を逸らすことも叶わない。口の中にチョコレートの味が広がっていく。彼の舌はあまりにも甘すぎる。

「ん……えゅ、まっれ……っ」

 キスの合間に何とか言葉を挟むんだが無視された。かろうじて自由になる手でLの背中を叩いていると、彼はようやく顔を離した。

「何ですか」

 唾液で唇を濡らしたままのLが問う。用がないなら咎めるなとでも言いたげな雰囲気ではあるが、彼はこちらの発言を待つかのように黙って動かない。

「えっと……もうキスは満足したろ? 離してくれ」

「嫌です満足していません。一時間たっぷりキスします」

「い、一時間……」

 腕が緩められたのをいいことに俺はソファに座り直して、その膝の上にLが乗る。感情を読み取らせない顔にほんの僅かばかりの笑みを浮かべて、彼は再び俺の体に腕を回した。

「あなたは私のデザートなので」

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120825