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別れは必ず訪れる
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 その男は、自らをパラドックスと名乗った。本名かどうかは分からない。明らかに作為を感じるその名前は、もしかしたらただ個人を判別するための記号の1つでしかないのかもしれない。名前すら教えてもらえない事実が悲しくて悔しくて、それでも俺はそれを問い詰めることも出来ずにいる。いつもどこか遠くを眺める彼の目が俺を捉えると口を開くことが出来なくなった。

「私の時代は壊れてしまうんだ。君たちが、無邪気に無神経に悦楽に浸るおかげでね」

 俺は何も返せずただ彼の顔を見つめていた。何も返せない。返せるわけがない。だって彼は、彼らは、死ぬのだ。俺や俺以外の人間のせいで、彼の時代は今も着々と破壊されているのだ。それが俺たちのせいだと言われてしまえば俺にはもはやどうしようもない。逆恨みだとかそれが運命だとか、薄っぺらい反論ならいくらでも思いつく。しかしその言葉では彼を救うことは不可能なのだ。

「私は救いたい。友を、同胞を、そして私自身を」

 掴まれた顎をクイと持ち上げられる。言葉の力強さと裏腹にその瞳も声も酷く穏やかで、一瞬彼の言葉が理解出来なくなった。吸い込まれるような、深い闇を孕んだ瞳が俺を射止め、俺は呼吸も忘れてそれに魅入る。

「私には偽りの真実が必要なんだ。歴史をねじ曲げた先の、新たな真実が」

「構わない」

 ぽつりと零した俺の言葉に彼は1つ瞬きをした程度だ。表情も変えず眉すら動かさない。俺は彼の手に自分の手を重ねた。

「その真実に近付けるなら。殺していい。俺も」

 誰かが悪いわけではないのだ。我々は生きて、文明を発展させて、種を繁栄させて、ただひたすらに己が己の使命を果たしただけ。その結果が未来を破滅へ導き、その破滅が過去を崩壊へ誘う。ただそれだけのことなのだ。因果応報という言葉はまさにこのことだ。俺たち人間は、俺たち人間の手によって死へ向かう。

「それで貴方が救われるなら」

 それでも俺には、死に方を選ぶ権利があるはずだ。どうせ死ぬなら彼の手にかかって息を止めたいと願うくらい、許されたって構わないはずだ。男は僅かに眉を寄せたが、何も言わずに俺の体を抱き寄せた。この行為に何の意味があるのかは分からなかった。友愛の類いが含まれているのかいないのか、彼にとって俺は少しでも特別な形をしているのか、そんなことすら分からない。やがて訪れるだろう痛みは、彼の命を繋ぎ止めることが出来るのだろうか。俺には何も分からない。ただ1つ分かることは、きっと俺の願いは叶えられるということのみだ。

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100405