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霞桜の舞う季節
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 アカデミアに入学して1年が過ぎた。1年生だった俺は晴れて2年生になり、2年生だった生徒は最上級生となり、そしてアカデミアには中等部を卒業した少年少女が入学する。時は流れ、春から夏、夏から秋、秋から冬、そしてまた見知らぬ顔が増える季節へと、例年通りの速度で流れていった。
 去年より多少身長も伸び、少しだけ高くなった目線でオシリスレッドのくたびれた寮を見上げてみる。突貫工事で作ったのかと思うほどみすぼらしい佇まいには入学当初こそ絶望したものだが、住めば都という言葉の通り、今では立派に俺たちの家だ。この寮にも新顔が増えて、また新たな時間を刻んでいくのだろうと思う。

「……先生」

 その気はなかったのに、俺の口からはため息に紛れるようにして言葉が漏れてしまった。みな同じ時間を共有する中、彼だけは、大徳寺先生だけは違っていた。大徳寺先生は、俺たちとは時間の流れが違うのだ。先生の時間はとうの昔に止まってしまった。俺の囁きが聞こえたのか足元で丸まっているまるまると太った猫がふわあと欠伸をする。そういえば前に1度だけファラオの口から緑色のものが見えたことがあったが、今はもう何も見ることは叶わなかった。光の玉に「せんせー」と呼びかけた十代も詳しいことは教えてくれない。穏やかな声も優しい眼差しも、何もかも再び相見えることは不可能なのだと悟ったのはもう数ヶ月近く前のことだ。

「大徳寺先生ぇ……」

 会いたい。もう1度、いや1度だけでは足りないほど、俺は先生に会いたい。たった1年なんて短すぎるではないか。去年先生と出会った春が、もう過ぎてしまう。先生と過ごした夏が訪れてしまう。

「会いたいです、大徳寺先生……」

 誰に届くというわけでもないのに俯き呟く俺の首筋を、湿度を含んだ風がびゅうと吹き抜けた。呼吸すら一瞬止まるような強い風に思わず目を瞑る。島のあちこちに咲く桜の木が落とした花びらに混じり、青葉の若い香りがする。薄く目を開くと視界は淡い桃色に染められて、その中に1つ、ぼんやりとしたシルエットが見えた。確証はない。妄想がもたらした幻覚かもしれない。それでも癖の強い長い髪や細められた瞳や優しい微笑みは見間違うはずはなかった。去年初めて彼を見たときにも似た高揚が俺の胸満たしていく。

 例え幻想でも、俺は確かに幸福だった。駆け抜けた短い日々が、大きな喪失が、いつか丸ごと美しい思い出になるのかもしれない。今はまだそれを尊ぶことは出来そうにないが、胸の中が少しだけ軽くなったような錯覚に陥って、俺は気合を入れ直すため自分の頬をパチンと挟んだ。憂鬱になる暇はない。アカデミアで学べる時間はあとたったの2年しかないのだから。
 桜吹雪が見せた面影の中、ファラオが確かに「にゃあ」と鳴いた。

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100512