かぐや姫の話
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「所詮君たちはその他大勢の雑魚でしかないのだから、無意味に出しゃばるのはやめるんだね」
挑発的に鼻で笑って吐き捨てる姿に、頭に来たのだ。そういうお前こそ3番隊のクセに何をぬけぬけと、と思ったが俺は何とか文句を飲み込み黙っていることには成功した。ここで争っても仕方ないのだし憤るだけ労力と気力の無駄、そう分かっていたというのに無意識下で振り上げていた俺の拳は上條センパイの顔を目掛けて振り下ろされ、彼に叩きつけていた。気付いたときには1番隊の皆様にガッチリ拘束されていたというわけだ。
壁に背を打った上條センパイの頬は赤紫に腫れ切れた唇からは血が滲んでいる。結構な力で殴ったんだろう、苛立ちのわりに気分はスッキリしていた。
「君は僕と一緒に来て。笑太くんと羽沙希くんは彼らをお願い」
式部センパイに腕を引かれ俺はその場を後にする。見た目以上に力の強いそれは振り払えそうにない。頭の片隅にこびり付く上條センパイの言葉と嘲笑を振り払うようにため息をつくと「気持ちは分かるけど、ああいうのはいけないよ」不意に声をかけられ顔を上げた。こちらを振り返る式部センパイはいつもの微笑だったが、優しい口調と裏腹にどこか俺を責めているような瞳に思わず口籠もる。式部センパイは好きだ。でも彼のこういう絶対的な支配力を帯びた微笑みに畏怖を感じることもあった。
「……スイマセン」
彼に口答えしても仕方ないし下手に噛み付いて嫌われたくもなかったので俺は殊勝なフリをしてそう答える。式部センパイが微かな苦笑を漏らして、それから俺の頭を撫でた。優しい手付きで髪を梳かれ、上條センパイの放った言葉が俺の脳からぼろぼろと消え落ちていく。
「大丈夫。君たちは雑魚なんかじゃない。立派な人間だよ」
頭を撫でながら微笑む彼に一瞬目眩がした。この人はどうしてこうも美しいのだろう。同じ男とは思えない。俺は彼からの励ましを受けられるような出来た人間ではないのに、それでも彼は俺にとって、ただ1人の掛け替えのない人だった。彼は淡く輝く満月なのだ。
「式部センパイ、好きです。俺と結婚して下さい」
彼は驚いたように一度瞬きをしたあとくすりと笑う。笑顔で俺に無理難題を押し付ける姿はさながらかぐや姫だ。またくらくらと目眩がする。
「君が上條くんと仲直りしたら考えてあげるよ」
俺が探すべき火鼠の衣は、どうやらそう易々と手に入れられる品物ではないようである。
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100213