神威に気に入られた話
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「風早、ちょっと来なよ」

 お妙さんの勤めるぼったくりのようなキャバクラでボーイとして働いてるとき、突然現れた神威は開口一番そう言った。笑顔を浮かべているのに有無を言わせない雰囲気が俺の背に嫌な汗をかかせ、俺は仕方なく彼に従う。

「……何か用があるなら、電話くれればいいのに」

 固く握られ引かれる腕はそのままに、前を歩く背中に声をかける。答えは先程から返されないが、ちらりと振り返った神威は相変わらず笑顔だ。俺よりも長身で誰よりも強い神威は笑うと可愛くて、その裏には殺意があるというのに、うっかり見惚れてしまう自分が恨めしい。

「だって風早、電話しても帰ってこないじゃないか」

「当たり前だろ、バイト中なんだから……」

 かなり稼いでるこいつには分からないだろうが、俺の生活は豊かではないのだ。神威に呼ばれる度に家に戻っていては、給料なんて貰えない。
 彼はお構い無しという表情で足を止めて、ふいに突然俺の腕を強く引いた。腕が抜けそうな衝撃とともに体が引っ張られ、謀ったように笑う神威の腕に抱き止められる。いくら深夜で人がいなくても、路上で男2人が抱き合っているのは大いにまずい。

「バイトなんてどうだっていいよ。風早は俺の近くにいなきゃ」

 きつく抱き締められて体が痛いが、俺はわざとらしくため息をつく。熱くなった顔を神威の胸に押し付けて、小さく「バカ神威」と呟いた。甘える気はないが、愛されるのはたまらなく嬉しい。背から尻へと移動する彼の手を握り締めて、俺は呆れたふりをしながら手を引き歩きだした。

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