研究員の話
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20分にも及ぶ吹雪さんの話を訳すとこうだ。
俺たち4人には共通の知り合いがいて、今ここにいる俺を除いた3人は、その彼が管理する研究所の要人だという。天上院吹雪、藤原優介は彼の同級生であり、丸藤亮は彼が研究所から抜けた今、その後釜に座る人物である。俺が何日か前に送った、帰国するという旨の手紙。それの内容は3人に知らされ、これから行う研究に俺の手を借りたい。つまりそういうことらしい。
簡潔に話すべきことはこれで全てだと手を下ろした吹雪さんがにこりと笑いかける。俺が可愛らしい乙女ならばその笑顔に騙されて彼らについて行ったかもしれないが、残念なことに俺はそこまでバカじゃない。頭をガシガシ掻くと、3人は静かに顔を見合わせた。
「ちょっと待てよ。それが本当なら、何故あの人がここにいない? あの人は全部人任せにするような奴じゃない。そしてそれ以前に、どうして研究所を後にした人間が、俺に手を貸すよう伝えろと、あんたたちへ指示する必要がある?」
おかしな話だ。的を射ているようで実に不明瞭な説明だった。それが本当なら、あの人は今頃この3人と共に俺の前にいるはずだ。手を借りたいならわざわざ見ず知らずの男を差し向けたりせず、面識のある自分がここに来ればいい。
俺は一歩後退りそっと辺りを見回す。面倒ごとに巻き込まれるつもりは更々ない。返答次第では早々にこの場を後にしよう。
「彼は研究所を後にしたわけではない」
今まで口をつぐんでいた男が不意に声をあげた。知的な光を宿す瞳はどこか機械的な、まるで感情の読み取れないガラス玉のようだと思った。
「亮待て、それは……」
「これを説明しなければ辻褄が合わないだろう。……十代、といったか。彼は今も研究所の名簿に名前がある。だが病を患い今は自宅で療養中だ。彼の抜けた間、吹雪と藤原のサポートをするため俺が後任となった。形だけな」
「…………療養、中?」
さっと血の気が引いていく。確かにそれならば辻褄は合う。だが彼が病を患い、しかもそれが表を出歩くことも、病院で治療することも出来ない可能性のある病状ということが問題だ。彼に合わせてくれと、声に出す前に亮と呼ばれた男が口を開く。
「今ここで説明出来ることは吹雪の説明を含め、それだけだ。彼のことは我々の研究所でもトップシークレット扱いとなっている。療養している彼の自宅も研究施設内に存在しているため、協力を仰げるか分からない者にこれ以上を教えるわけにはいかない」
どうやらこの男は吹雪さんよりも心理戦に長けているらしい。俺が彼を放ってはおけないと知った上で、本当に話すべきことを選択してこちらに伝えている。しかも不安材料ばかりをチラつかせて、飽くまで詳細は協力を約束したのちだと、そう言外に示していた。
選択を迫っているようで、実際には俺に決定権はない。ただ腹を括れと、そう言うのだろう。
「…………」
俺は黙り込む。黙り込んだ上で、同じく黙る3人の男の顔を見詰めた。選択肢は、俺にはなかった。
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