誘拐事件の話
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 屋外へ出ると部下によってすぐに車が回されて、それに乗り込み六代目の家へと向かう。数十分とせずに到着した家の玄関先で携帯を握り締めて立ち竦む男は、嫌に青白い顔で車に乗り込んで来た。頭を掻きむしったのかきっちり整えているはずのオールバックはぐしゃぐしゃに乱れて、スーツのボタンはいくつか取れてしまっている。真島に電話を入れる前に自分で近場を探したのだろう。

「わざわざすいません……この辺りは探したんですが、」

「かめへん。何も連絡はないんか?」

「今のところは。克也に何かあったら……」

「せやな、せやけど落ち着けて」

「でも真島さん、あの子がメールも寄こさないのはおかしいんですよ。何か危険なことに巻き込まれているとしか……」

「んなこと分かっとんねん! おかしいと思うからこそお前がまず落ち着けっちゅーとるんが分からんのかい大吾ォ!」

 腹の底を震わせるような低くドスの効いた怒声が車内に響いた。聞き慣れているはずの運転席に座る真島の部下ですら、その声に怯み息を殺している。射抜くような眼差しで大吾を睨め付ける男がわざとらしいほど大きくため息を吐き出した。

「……わしの舎弟らも克也を探しとる。絶対に見付かるさかい、指示出す側のお前が取り乱したらアカンやろ。それにまだ事件に巻き込まれとると決まったわけやない。自分のやらなアカンことは分かっとるはずや」

 とりあえず車を出せと部下に言うと、ほとんど騒音のないそれは静かに闇夜を走り出した。路地から大通りへ出ると先ほどまでの大人しい通りと違い、ネオンが眩いばかりに輝きまるで昼間のようだ。防音の施された車内はそんな賑やかな町の音は拾わず、ただ音を消した映画のように華やかな町並みが車窓を流れていった。すいません、と微かな声が耳に届いたが真島はそれに応えることなく窓の外に目を向ける。もし出歩いていれば学生服姿の克也は目立ちそうなものだったが、組員からは目撃されたという情報すら入らない。仮に他の極道者に拉致されていたら今頃東城会当てに脅迫の電話が掛かってもおかしくはないので、それがないということはひとまずは安全なのかもしれない。

「なあ六代目……」

 克也は例の薬物事件のとばっちりを受けとる可能性があるやもしれへんな、と。そう言おうとした瞬間、またもや電子音が鳴り響いて真島は舌打ちする。眠りを妨害されたり発言を阻止されたりと、携帯電話に罪はないと分かっていても腹が立つ思いだ。携帯を開きディスプレイを確認してはっと息を飲み込む。克也からだった。咄嗟に通話ボタンを押し機械を耳に当てる。

「克也か? 今どこに……!」

 言いかけ、真島は口を閉ざす。それに気付いた大吾は目を瞠って食い入るように携帯電話を見つめている。電話の向こうから返事はなかったが、その代わりに男のものと思われる小さな声がいくつも聞こえてきた。そしてもう一つ、やや高い声が喋っている。恐らく自分の安否と居場所を知らせるための電話は電波が悪く聞き取りづらいが、それでも真島の耳には正しく聞き取れた。

『倉庫で取引なんて今時古いだろ……サツに見つかってもおかしくねーよ』

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