誘拐事件の話
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マンションの最上階フロアを貸切にした自宅に帰ることもなく、自宅に比べれば劣る事務所のソファで寝ていた真島に異変が知らされたのは、深夜二時を少し過ぎた頃だった。
デフォルトのままの機械音が電話の着信を知らせて、こんな時間に一体誰がと、机に置いたままの携帯に手を伸ばす。不機嫌にディスプレイを確認するとそこには彼の上司の名前が記されていて、電源を落としてしまおうか悩んだ真島も流石に居留守を使うことはせず、通話ボタンを押した。
「はい……真島です」
『真島さん、夜分にすいません。寝てましたよね』
何か慌てているような早口で切り出す男は東城会六代目会長、堂島大吾その人だ。いくら多忙の身とはいえこんな時間に連絡をするとは、何か緊急の用件でもあるのだろうと真島は眠気を覚ますために頭を振って欠伸を噛み殺す。
「おう。寝とったなあ……なんやねんこない時間に」
『克也がそちらにお邪魔してませんか』
ああなるほどな、と真島は納得する。
「克也ならとっくの昔に帰ったはずや。いないんか」
『はい。俺も今帰ったんですが、克也が帰宅した様子がなくて……そうですか、真島さんのとこにはいませんか……』
「他は当たったんか?」
『ええ、心当たりのあるいくつかには』
六代目会長のブラコンは有名な話だ。克也も喧嘩慣れしているためそれなりに強いのだが、堂島大吾という男はそれこそ弟を守るために自分から死地に飛び込んでいく。その背景にはいくつもの美談があるのだろうが詳細を語りたがらない兄弟は曖昧に濁してはぐらかすことが常で、克也と親しい仲である真島も詳しくは知らなかった。しかし弟という最大の強みと弱点を抱える大吾の、克也に対する執心振りはよく知っていた。だからこそ、弟の行方が知れなくなった今、大吾がどれほど混乱しているかも手に取るように感じ取れる。
「……わしも探したるわ。ひとまず六代目はそこにおれ。車で迎えに行くさかい、変な気ぃは起こすんやないで」
『真島さん……すいません』
「ええて。ほなな」
通話を終わらせ、そのあとすぐに何人かの部下に連絡を入れた。一人には車を出すように指示し、もう一人には組の者で克也を捜索しろという指示だ。愛用のバットを引きずりながら屋外へと向かう真島の脳裏には、近頃出回る薬物の話が渦巻いていた。
克也は兄のブラコンをよく知っているため連絡を怠ることをしない。連絡もなく行方をくらますということはつまり連絡を取ることが出来ない状況に身を置いているということだ。腕っぷしも強く頭も切れる克也が喧嘩で負けて伸びているとは考えられないし、そもそも真島組事務所を後にして二時間以上も経過しているのだから帰宅していないのもおかしい。危惧されるのは東城会六代目会長の泣き所を知った人間に何事かをされ、連絡も取れず、帰宅も出来ない状況にあるという危険性だ。
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