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誘拐事件の話
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 毎日毎日飽きもせず、克也はバッティングセンターに通っていた。彼の趣味というわけではなく、ただそこに目当ての人物がいるからだ。所在の有無を表記する板を確認し、そこにいると書かれていれば店内に入って目当ての人物を探す。いかにも柄の悪そうな大男たちに囲まれたブースへ足を運ぶとそれに気付いた彼らが左右に割れ、イスまでの道を開いた。すると克也はそこに腰を降ろして彼がこちらに気付くのを待つ。それが習慣になるほど、近頃の克也は毎日のようにここへ訪れていた。

「ん〜? ……おう克也、来とったんか。あと六球やさかい、ちぃっと待っとれや」

「オッケー」

 振り返って待ち人を認識した真島吾朗がそう言い放つと青年は手を上げてそれに応える。何をするというわけでも、何かの約束があるというわけでもない。克也は真島のことを気に入っていて、真島も克也を気に入っている。それは誰もが知っている事実だった。
 機械から飛ばされたボールを力一杯振り抜いたバットで殴打して、真島は文字通りそれをぶっ飛ばした。いい音が鳴って飛んでいったボールが二枚の的を打つ。毎日通っているだけあってコントロールも慣れたものだ。「ナイスバッティング!」真島の部下の一人が鼓舞させるため歓声を上げた。

「なんや今日はよう二枚抜き出来るのお。えろお調子ええで〜!」

 テンションの上下が激しい男は今は気分も上々のようで、何度も緩くスイングしながらそんなことを言った。スコアが伸びないときは全く逆に怒声に近い声で悪態をつくのだが、部下の様子を見る限り、今日はまだそうはなってないらしい。軽快な音と共にボールを殴る真島を尻目に、起立している男たちに囲まれたイスに座る克也は周りを見渡した。流石にヤクザが占拠しているだけあって一般客の数は少なく、しかも僅かばかりの客も随分離れた場所で遊んでいる。これじゃあ営業妨害だろうと思わないでもないが、しかし真島が入り浸っているお陰で、こういう場所でありがちな喧嘩紛いのクレームはほとんどないらしい。それに真島も余程のことがない限り堅気の人間に手を出したりしないので、実害自体はそれほどではないのだという。怖いもの見たさにわざわざ訪れる輩も少なくはないし、やり方次第では利益に繋がる場合もあるのだろう。ぼんやりとそんなことを考えていると、プレイゾーンと待合を隔てる安そうなドアが開いた。バットを肩に乗せ意気揚々とした足取りで現れた真島が座っている克也に目を落とす。

「何をボケーッとしとんねん。しゃんとしぃや」

「あー、終わったんだ。どうだった?」

「今日はええで〜、ごっつスコア伸びたんちゃうか。吾朗ちゃんの記録で全部ヒットしたんはこれが初めてや」

 機械が吐き出したレシートのようなスコア表を千切って、真島は受付の店主にそれを渡した。受け取った中年の男はこいつは凄いとか何とか、機嫌を損ねないためのおべんちゃらを言っていた。

「景品です、どうぞ」

「おう、おおきに。そしたら克也にやるわ」

 今中高生に流行っている、クマのマスコットキャラクターのキーホルダーが克也の手に渡される。見るからに女子が好みそうなそれに興味はないし名前すら知らないキャラクターではあるが、ここでいらないと断るほど克也は愚かではなかったし、何より折角気分よく真島がバッティングを終えたのだから、青年は「サンキュー」とだけ返して鞄にそれを詰め込んだ。
 事務所に戻ると、幾人かの部下が真島の元へ走ってきた。克也に聞こえないように小声で話しているようだったので彼はあえて背を向けて少し離れる。真島は組長であるが故やることも多いため、学生の自分とは立場が違うのだと理解している。もちろん真島もそれを分かっていたので、彼は会話が終わるとすぐに人を払った。

「あーよっこらせ……」

「おっちゃんオヤジくせーよ」

「アホ抜かせ。わしはまだまだ現役やで」

 バットを床に捨てて広いソファに真島が腰を落とし克也もその横に座る。180cmを越える男と170cmほどの男が並ぶと流石にむさ苦しいが、それでもソファ自体が広いのでそれほど窮屈ではない。人払いをすると大体克也が真島に、やれハグをさせろ、キスをさせろと迫るのだが、今日はそれをしなかった。一定の距離を開きテレビを眺める。消極的な姿勢を訝しげに思った真島が克也の横顔を見た。

「なんやねん自分、兄貴に話聞いててんか?」

「話って……なんの?」

 鞄を開けて先ほど手に入れたキーホルダーを携帯に取り付けながら克也が切り返す。別段手先の器用ではない彼は少々手こずって携帯を何度も持ち変えた。

「最近神室町に薬が撒かれとるっちゅー話や。堅気のもんが狙われとるさかい組の奴らに被害はないねんけど……」

 チッと舌打ちをして真島が頭を掻いた。言い淀むということは何か不利益なことがあったのだろうと克也は推測する。
 克也は気こそ長い方ではなかったが、しかし頭が悪いというわけではなかった。勉学でもそこそこの成績を修めていたし、身体能力も低くはなく全体的な評価も高い。頭の回転が早く聡い子供であったから、堂島へ養子に来た頃から彼は義兄、大吾の手助けをしていた。

「町の住人が毒に侵されれば、町自体が毒に侵される。町自体が毒に侵されれば、町に訪れる人が毒に侵される……ってことか?」

 険しい顔をした真島が頷いた。近頃増えた薬物を取り締まるため警察がやたら町を巡廻するようになり、取引場所が限定されるケース。取引場所に薬物中毒者が乱入して取引が失敗するケース。薬物の多く出回る町を危惧して取引そのものが白紙に戻されるケース。
 まだそれほど深刻な話ではないのだが、今のところその三つが問題になっているようだ。武器や多少珍しい野生動物の密輸などを行う組は今まで以上に気を配っているものの、実際そうしたトラブルで取引が失敗しているという。真島組は神室町ヒルズの建設が表立った仕事なので実害自体はないが、しかし東城会の損害は日増しのようだ。
 口を挟まず一通りの説明を聞いた克也はようやく付け終わったキーホルダーを指先で弄びながら兄のことを考えた。大吾は仕事の話を家ではしたくないようで、特別克也に危険が及ぶ内容でもない限り詳細を聞かされることはない。それが兄弟としての限界で、東城会の会長と、その傘下の部下としての限界なのだと克也も理解していた。
 結局のところ、克也は常に蚊帳の外なのだ。兄に愛されるが故に極道から遠ざけられ、それなのに兄の部下からは会長の弟だからとまるで腫れ物のような扱いを受ける。それを知ってあえて近付く不躾な輩もいたし、逆にそれを知っても普通に接してくる輩も稀にいる。だから克也は、そんな変わり者の真島に懐いていた。

「聞いとらんならええねん。六代目が言わんってことは、克也は安全なポジションにいるっちゅうことやろしなぁ」

「だろうね。でも早いうちにどうにかしないと」

「おう、わしらの組も本格的に薬ばら撒くアホども探しに本腰入れ始めとる。せやけど克也も気ぃ付けや? 自分には東城会会長の弟っちゅうケッタイな肩書きがあるんや。誰に狙われてもおかしない」

「もちろん分かってる」

 聞き慣れた言葉と言い慣れた言葉の応酬をして克也はソファに背中を預けた。この時点で克也は、何となく、嫌な予感がしていた。

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