曹丕様と従者の話
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木目の鮮やかな天井と美丈夫な君主のお顔を眼前に眺めながら俺は、酒の勢いというのは恐ろしいものだと実感した。どうしてこうなったのかは曖昧だが、それでも普段と似たり寄ったりな話題しか上がっていなかったように思う。他愛ない世間話、次の戦で用いる兵法、どれをとってもつまらぬ話であったはず。
不意に伸びた手に肩を押され、酔いの回った体が床に倒れ込んだのはほんの僅かばかり前のことだ。酩酊したつもりはなかったのだが、元より俺は酒に強い方ではない。既に飲み始めてから数刻経っているのだ、舐めるような速度で飲んだとしても、酔いが回ってもおかしくはないだろう。
「白火……」
泥のように低く沈んだ子桓様の声が頭上から降り注ぐ。理性的で、冷静を絵に描いたようなものが常のお方であったというのに、今はほんのりお顔も首も赤らんで、漆黒の瞳は鈍く光るばかりだ。子桓様もまた、酔っておられるのだろう。
「子桓、様……お戯れを……おやめください……」
まるで力の入らぬ腕で子桓様の胸を押し返したが我が主はそんなことは気にも止めず、それどころかその腕を掴み床へ縫い止めた。整ったお顔が俺の顔に近付いて、首筋に顔を埋められるとくすぐったさに思わず息が漏れる。「白火……」力のない気怠そうな声が耳に直接注がれて一瞬ぶるりと身を震わせた。
幾度も繰り返し名を囁かれ、その度に体を震わせる俺が面白いのか時折子桓様が喉の奥で笑いをあげた。その微細な振動もこう至近距離では忠実に俺の鼓膜を震わせて、結果肩を竦めたり顔を背けたりして逃れる他はない。子桓様に仕える俺はもちろん乱暴に振り切ることは出来なかったし、かといって強い口調で嗜めることも出来ない。それを分かっていながら子桓様の薄い唇は身じろぐ俺の耳朶を追い掛け、触れそうな位置でまた名を紡ぐ。酒のせいであろうか。次第にぞくりと背が粟立ちはじめていた。
「し……かん、さま……おやめ、ください……」
女を連れては行けない戦場で欲求を晴らすために少年を囲わせるのはままあることであるから、男同士がどうのこうのと言うつもりはない。とはいえ俺も子桓様もそういったことはしなかったし、正直なところ、血の臭い煙る戦場でそんな気分になれないというのもあった。故に知ってはいても実際こうして男に触れられるとどうしたものかと混乱している俺がいる。酔いが回っているにも関わらず俺の頭の中は冴え、心臓に至っては早鐘のように鳴っていた。
「ふ……戯れで男を組み敷くほど酔狂ではないつもりだが」
穏やかに呟いた子桓様の声には自嘲のようなものが含まれているように聞こえる。何故そう思ったのかは分からないが、考えているうちに捉えられていた腕を子桓様の温かい手が滑って、するりと掌が重ね合わされた。剣を振るう、硬い指が俺の指に絡まり、まるで愛しいとでもいうかのようにその手に口付けが落とされた。
「子桓様……?」
「何故だろうな……お前のような愚鈍を相手に、こんな気持ちになるなどと……」
酔っておられるからでは、とは流石に言葉に出来なかった。唇が俺の顔に近付いて、咄嗟に目を瞑ると頬にそれが降ってくる。慈愛に満ちた、僅かに触れる程度の口付けは不思議と心地よくて、また体中から力が抜けていく。
「子桓様……本気、ですか……」
腕を押さえるのと反対の手が首元に滑り留め具を外したのを見て今一度そう確認したが、子桓様は何の躊躇いもなく「当たり前だ、不都合があるわけでもなかろう」などとお返し下さった。力一杯抵抗すれば恐らく子桓様はお止めになって下さるだろうが、自分でも不思議なことに俺はそうはせず子桓様の寵愛を甘受しようとしている。それがまた理解不能だった。
留め具を外され前開きの服が開かれると肌が露出した。宵の空気がひやりと素肌を撫でる感覚に息を飲むと子桓様の手がそこに這わされて、感触を確かめるような動きで胸から腹までを辿っていく。酒で熱を上げる肌にその手は少し冷ややかに感じられて俺の口から小さく声が漏れる。これではまるで胸を弄られ喘いでいるようではないかと羞恥にさっと顔に血が昇るのが分かったが、子桓様は何を言うでもなく、胸から腹を、腹から胸を掌で往復させるだけであった。
徐々に外気にも慣れてきた頃、撫でるだけだった掌が、時折胸をさするようになった。最初はその熱が心地よいと思っていたのだが、手の平を押し付け胸を擦り、そのうちに突起を指で弾くようになった。柔らかいそれを人差し指で弾かれると「あっ……」そんな声が鼻から抜けて憤死したくなる。女でもないのに、俺は、何という声を。
「可愛らしい声も出るではないか」
「っ、申し訳、ありません……」
「構わん。お前の声は胸に響く」
嘘か真か測りかねないが、そう言った子桓様の指が今度はしかと胸に這わされる。寒さと戯れな刺激とで既に硬く尖った乳首が親指の腹で潰されて、俺は悲鳴を喉で飲み込むしかない。あんな恥知らずな声、女でもないのに平然とあげられるはずがない。
「……硬いな。男も胸が感じるものなのか」
酒のお陰で若干言葉の棘は少なめではあるが、それでも普段と変わらぬ容赦のない言葉責めが降り注ぐ。子桓様のお言葉を全て受ける身として俺は、いつか主君が「どのような心地か実況しろ」と言い出すのではと肝の冷える思いである。
「……気付いておるか、白火よ。気持ちよさそうな顔をしている」
懸命に他に考えを巡らせ意識をそこから逃がそうとしていたが、それは見破られていたようである。硬くしこるそれを指で抓まれるとひっと声があがってしまい、顔を見られたくない一心で緩やかに頭を振った。微々たる抵抗などこの際意味もないのだろうが、酔いの回る頭ではそんなところまで考えが及ばなかったのだ。
幼き頃より剣と筆を持つ器用な主の手が腹を滑り腰をさする。身悶えるせいで緩んでいた布をいとも簡単に剥がされて、現れた己の屹立にさっと顔へ血が昇った。直接的な刺激など受けていなかったというのにそれは俺の意思とは無関係に反り返っている。男同士とはいえ浴場でもないのにほぼ裸に近い格好を舐めるような視線に晒されては、流石の俺も言葉をなくして口を開閉させるしかなかった。それを知ってか知らずか、鬼畜と名高い子桓様が羞恥を煽るかの如くくつりと笑った。
「ほう……顔に似合わず立派ではないか。少々堪え性がないようだが」
「なっ……あぁっ」
人差し指が焦らすようにそれを撫でる。裏側の敏感な部分をゆっくりと指の腹が辿り、括れた部分を擽るように擦られては息を詰めるしかなかった。膝を立てて逃げようともしたが子桓様の体がそこに捻じ込まれてはそれも出来ない。終いの果てには「大人しくしていろ」と耳元で艶っぽく囁かれ、宥めるように繋がれた手に力が込められ俺は黙り込む。一体子桓様は何がしたいのか。息があがりくらくらと眩暈を起こすこの頭では最早思案を巡らすことも限界だ。熱を持ったそこを子桓様がやんわり握り込み先端を擦ると先に滲んだ液がくちくちと淫猥な音をたてて、耳を塞いでしまいたい羞恥に駆られる。どうして、子桓様は、このようなことを。
「白火、私はお前を」
愛しているのだ、と。不意に子桓様がそう呟いた。身を襲う快感と羞恥に頭を振っていた俺は唖然として子桓様を見上げたが、彼のお顔は普段と変わらぬ仏頂面である。はてさて愛しているとはどういうことであろうかと、考えてもいなかった事態に思考が追い付かない。子桓様の御手の中で震える性器は、緩急を付けて扱かれると頭の芯が痺れるほどの快感を俺の下肢へ流し込んだ。そういえば近頃は忙しく処理することもなく寝台に横たわる日が多かったし、あまりに久方ぶりに味わう感覚に体中が麻痺していくようだった。子桓様のお言葉に何か答えようにも、唇からは唾液と嗚咽のような喘ぎしか出ない。息も絶え絶えに荒い呼吸を繰り返していると性器を弄ぶ君主の手の動きが、追い上げるために早まっていく。
「あ……はぁ、はー……っ」
聞くに絶えない卑猥な水音が鼓膜を揺さぶりそれが更に俺を追い詰めた。子桓様の体を挟んでいた足からは力が抜けだらりとだらしなく開かれ、足も、繋がれた手も、近い限界に時折痙攣する。主君の手の中に精子を撒くなど考えるだけで畏れ多いが、それも既に頭の中から抜け落ちていた。
「し、かん、さまぁ……! も……あー……っ、ゆ、るしを……」
快感に泣きながら許しを請う俺に子桓様が何を思ったかは知り得ない。しかし子桓様はまともな言葉を紡がぬ俺の唇に口付けをして、散々蹂躙して下さった。手を繋ぎ、舌を絡められ息を奪われるような口付けをしながら性器を擦られる。体の全てを性感帯にされ、震えながら、俺は子桓様の手の中に快楽を吐き出した。幾度も幾度も、果てども果てども許されることなく舌と性器を嬲られ続けた俺は、目も眩む快楽に咽び泣きながらようやく意識を手放すことに成功した。
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