PTSDの話
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 トワッチには苦手なものがある。1つめは豪雨、そして2つめは風呂だ。風呂というよりは彼の場合体が浸る量の水が好ましくないようで、その一種の拒絶とも言える反応は豪雨よりも顕著だった。20年前の一件以来プールはもちろん海にも入ったことはなく、日常的に行う入浴は水圧の弱いシャワーか半身浴で済ませているのだから、彼が心に負った傷の大きさというのは想像に難くない。
 それでも元々風呂好きなトワッチは年に一度は慰安旅行と称して温泉旅館へ行きたがったし、行ったからには何としてでも楽しみたいという執念で、時折俺と湯船に浸かるという荒療治により温泉に向け体を慣らしていた。その成果だろう、ここ数年では俺と一緒であればそれなりに湯船の心地良さも満喫出来ているようで、心構えが出来る分こちらは豪雨よりも苦手意識自体は薄れているようだった。

 今夜も浴槽に湯を張った俺はトワッチを抱いてその中に体を沈めていた。子供扱いをすると途端に不機嫌になる年上の恋人は、こういうときには押し黙り俺の首に縋り付いてなすがままなので大概現金な男である。小柄な体をしっかりと両腕に抱え向かい合わせになるよう膝に座らせると、少年はぴったりと胸をくっつけしな垂れかかった。俺も俺で彼を怖がらせることのないよう華奢な背中と腰に腕を回し、間違っても溺れることはありえないのだと安全性を保障する。トワッチのために少し減らした湯の水位は胸より下にあるため俺自身はほぼ半身浴の状態ではあったが、怯えていた恋人の口から穏やかな吐息が漏れるのを聞くとそれもどうでもよくなってしまった。当初胸に伝わる心音は120bpmを超えているのではと思わせるほどに早かったが、今はそれも緩やかなテンポに変わっていた。

「Hmm……トワッチ、アーユーオーケー?」

「ん……オッケー……」

 問いかければ囁き声が返される。大きな水音は立てぬよう殊更ゆっくり動かした手の平で湯をすくい、彼の肩へかけた。甘えるようにトワッチが頬擦りしたため思わず俺の頬が緩む。彼にとって湯船に浸かるというのは溺死を思わせる恐ろしい行為かもしれないが、それ故に縋られる俺にとってはまさに役得であるといえた。普段ならば怒られることだって、そう例えば彼の耳を舐めることだって今ならば可能だろう。
 頭を持ち上げた悪戯心に従いトワッチの柔らかい頬に唇を押し当て側面へとずらしていく。貝殻のような白い耳に唇を寄せると彼は「あ、バカ、やめろ……」と、その反応こそが更に俺を焚き付けるとも知らず唇から逃れようと頭を傾けてしまった。天邪鬼が顔を覗かせ、めげずにトワッチの体を締め付け身動きを封じつつ、舌を伸ばして耳へと挿入する。耳に水が入る音や水中を思わせる音を嫌う少年が「やっ……」若干の怯えを含んだ高く甘い音色で震えた声をあげる。トワッチの体が大袈裟なほど弾み水面を波立たせた。今度は悪戯では済まない邪な心が胸中に渦を巻き、舌先を尖らせると耳朶を舐めて軟骨を外側からなぞるように辿る。「ひざし、いやだ……ひっ……ぁ……っ」湯船に落ちたくない彼は俺の首に腕を回したまま、逃げることも出来ずにぶるりと身震いした。抵抗らしい抵抗もなく耳を晒し、無遠慮に舐め回される度にトワッチは目を伏せ唇を噛み締める。幼気な子供を相手にイケナイことをしているという実感が俺の脳を焼いた。

「ざ、しぃ……耳……いやだ……」

「Ah……? 怖いか?」

 俺の問いかけに彼は首を横に振る。怖いと言われても最早やめられそうになかったがそうではないようだ。

「……なあトワッチ、チンコ触っていい?」

「な……」

 何も考えずに自分の口から飛び出した言葉は非常に単純でシンプルな欲求だった。ほんの悪戯のつもりが予想外に色っぽい声に煽られ性欲を刺激されたというのもそれに至った要因だろう。それでもダメだと怒られば大人しく引き下がり無心で入浴を楽しむつもりだったというのに、こういう時に限って何故か俺の恋人は顔を真っ赤に染めながら「ちょっとだけ、なら……」などと曖昧な肯定を示すのだから、俺は急激に上昇したテンションを隠そうともせず「トワッチ! アイラビュー!」と、浴室に愛の言葉を反響させるのだった。

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161109