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PTSDの話
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 俺はトワッチを愛している。それは今も昔も変わらない事実であるが、歳を取るにつれてこの想いはより邪に、より歪な形となって俺の胸に鎮座しているような気がしていた。子供の頃にはただ純粋に彼が好きで、それが思春期のうちに肉欲を伴うようになり、彼の心に巣食う闇を垣間見てからはその弱い部分も含め彼の全てが丸ごと欲しくなった。トワッチの体も心も思いも何もかもを、俺で覆い尽くしてしまいたかった。独占欲などという可愛らしい嫉妬の感情よりも薄暗く淀んだそれを知ってもなお、トワッチは俺を責めることなくこの暴挙を受け入れてくれている。いつまでもこれに甘んじていてはいずれ彼を失うかもしれないという恐怖は常々感じている。しかしそれでも俺は自分の情動を止めることが出来ずにいた。欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて、手を伸ばすのをやめられない。女に恋愛感情を抱かせることのないその幼い容姿がありがたいと、そう感じてしまう自分に嫌悪を抱いたことすらあった。
 精液を注ぎ込まれ嚥下するのを余儀なくされた少年は後味の悪さに苦しんでいるらしく先ほどから渋い顔をして咳込んでいる。一抹の申し訳なさを感じた俺が水の入ったコップを持ってくると彼は一息にそれを飲み、おかわりを要求して空のコップを差し出した。今は2杯目の水をちびりちびりと味わいつつ少年はこちらを眺めている。ベッドに腰をかけると、トワッチは少し場所を移動してスペースを空けてくれた。

「あのなひざし……暴力的なのはどうかと思うぞ」

 落ち着いた子供の声がまるで諭すように呟いた。いかにも年上の彼が言いそうな発言に俺は視線を泳がせる。暴力に出るつもりなどないのだが結果としてそうなってしまうため弁解は不可能だということも理解している。しかしトワッチの口からそう指摘されるとそれがまるで別離という最悪の刑に至るまでの執行猶予を宣告されているようで、自らの頭から血の気が引いていくのを感じた。みっともなく言い訳をしようと向き直る俺の唇に少年の人差し指が押し当てられる。幼い手は脂肪がついて柔らかく、温かかった。

「いいよ、分かってる。そうじゃないんだろ?」

「トワッチ……」

「うん、大丈夫。お前昔っから怖がりだもんな。心配しなくても1人にはしねーから」

「ウン……」

「次は優しくしてくれるか?」

「Yeah……もちろんだ」

 そう答えつつ、俺は自分の言葉を白々しいと思った。幾度許されたところで何度でも同じことを繰り返し、ずる賢い俺は聞こえのいい理由を見つけてはトワッチを苦しませる。その理由が今回はたまたま死の恐怖を塗り替えるという大義名分だっただけなのだ。先ほどまで俺を突き動かしていた昂揚は遠退いた低気圧に攫われどこかへ行ってしまい、今はただ自己嫌悪と彼が離れる恐怖に怯え萎縮している。俺はバカだ、心底そう思う。それなのにトワッチは全然気にも留めてないとでもいう顔でいつものように快活な笑顔を浮かべると「素直で偉いな」などと言っていた。彼の思考は一体どうなっているのだろう。理不尽な恐怖に晒されたことを怒り、嘆き、俺を怒鳴りつけたって構わないのに決してそれをしようとはしない。その寛容さがいつか一気に爆発してしまいそうでまた恐ろしかった。

「ひざし、寝よう。今ならゆっくり寝れそうだ。……サンキューな」

 やめてくれ。礼など言わないでくれ。俺はトワッチを力尽くでも支配したいだけなのに、あたかも正しい行いであったかのように肯定されては、魔が差しただの気の迷いだのと弁明することも出来なくなってしまうではないか。俺の手を引いた少年がベッドに寝転がり、それに引き寄せられるようにして俺もまたマットの上へと沈む。無邪気に笑いかける彼の笑顔は可愛らしく愛おしかったが、今の俺にはそれが死神に魅入られ幻影に微笑む獲物のようにすら見え目眩がした。彼にとって本当の死神は豪雨でも風呂でもプールでも海でもなく、弱みに付け込み取り入ろうとする俺なのだ。そして俺にとっての死神はきっと、彼だ。悪夢が去り朗らかに微笑む少年と反比例し俺の胸の内では闇が濃さを増していく。もうとても眠れる気はしなかった。

「明日、晴れたらどっか行こうか。ジャケット欲しいって言ってたろ」

 思い出したかのように提案したトワッチの声に思考を遮られ顔を上げた。カーテンの隙間からは月明かりが細く差し込み雲がないことを教えている。台風一過という言葉の通り明日は恐らく快晴だろう。横たわり胸に擦り寄る子供の頬を手の平で撫でて俺は頷く。

「Ah、ザッツグッドだ。選んでくれんの?」

「いいけど、俺センスないぞ」

 そう言って愉快そうに彼は言った。幼く愛くるしく快活な死神は20年経った今も10歳の姿のまま、俺の隣で笑っている。


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161107