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片想い、片想われ
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 寝起きで気怠い体を引きずりながら食堂へ向かう。この船に乗り込んだ頃はもっと活発で朝にも強かったはずだが、はたして年は取りたくないものである。
 いつもは適当に空いてるところに座り食事を取る俺だったが、今朝はやたらと男共で混み合っていて、更には何だかんだと理由を付けて背中を押され、あれよあれよという間に部屋の隅に押し込まれてしまった。皆が皆、落ち着きなくこちらを窺っているのは気付いていたので、またエースが何か企みでも働いているのだろう。
 だからといって一から十まで付き合ってやる気はないため、俺は大人しく隅の席に座ることにした。最奥の席には先客がいたため「隣いいかい」などと一応声を掛けるだけ掛けておく。もちろん嫌だとは言わせない口調でだ。

「あ、うん。どうぞ」

 返された声はあまりにも聞き覚えのある声で、俺は半ば驚愕しながら振り向いた。何故最初に確認しなかったのか。普段ならば食堂の中ほどの席で男共に囲まれからかわれているはずのユキムラが、まさかこんな隅の席についているとは思いもしなかったのだ。
 自分の食事の乗った皿を自らの側へ引き寄せるユキムラを凝視していると、不思議そうな瞳と目が合った。

「あの……座らないのか?」

「…………ああ。隣、いいかよい」

「えっ……うん。どうぞ」

 うっかり困惑して同じ言葉を繰り返した俺がイスに座る。すぐ隣にはユキムラが座っている。普段ならばこの間にエースが入るため、素面のこいつとここまで接近するのは初めてかもしれない。動揺を隠しきれない思いではあったものの、俺は感情が顔に出にくいタイプなので、その動揺に気付いたのは若干名だろう。その若干名の内に入る男が奥から皿を持って現れて、笑いながら俺の前にそれを置く。ニヤけ面を隠そうともしないサッチがわざとらしく咳をした。

「……サッチ、エースを知らねェかい」

「知らねェな〜。便所にでも行ってんじゃねェか?」

 エースの名前を出すとユキムラが顔を上げる。イタズラ小僧にも困ったものである。

「あ、あのさ、マルコ……」

 酒を煽ったときと違い控えめな声で名を呼ばれ、俺は肉を口に運びながらそちらを向いた。動揺も歓喜も躊躇いも覆い隠し、海によく似た瞳を見つめた。

「エースじゃなくて、俺が頼んだんだ。マルコを隣に呼んでくれって……」

 思わず肉を丸飲みにしてしまった。鈍いユキムラでも、このわざとらしいクルーの動作では俺に勘付かれたと悟ったのだろう。しどろもどろになりながら弁解する姿は本当に子供のそれだ。不安の混じった縋るような視線に心を揺さぶられたが、それがなおさら自分とユキムラの年齢差を思い知らせるようで苦しい。中年が子供に恋しその未来を奪うなどあってはならない。ましてや男同士で、どこにタブーではない箇所があるというのだろう。

「マルコが俺のこと嫌ってるのは知ってるよ……でも、いつも酔っ払った俺を部屋まで運んでくれるから、ちゃんとお礼が言いたくて、その……」

「……待てよい」

 とんでもない思い違いを告白され思わずそう遮る。食堂内にいる連中は静かに聞き耳を立てているようだ。話し声はほとんどしない。

「あー……嫌ってねェよい。嫌ってたらわざわざ絡まれるような真似はしねェ」

「で、でも! いつもエースがいないと俺と話しないだろ?」

 そりゃあエースがお前ェを気に入ってて、二人でいると割り込んでくるからだろい。
 突っ込みたい気持ちで一杯だが、恨み言のように聞こえるのでやめておく。頭をかきながらため息をつくと、食堂内のあちらこちらで笑いのさざ波が起きた。こっちが笑いたいくらいである。

「……嫌っちゃいねェよい」

 好きだ、などとは流石に言えず同じ言葉を繰り返す。エースは本当に、いてもいなくても引っ掻き回すのが得意な男だ。隣に座るこいつはこいつで「そうだったのか!? よかったー!」と腑抜けた顔で安堵の息を吐き出した。奥に引っ込んでいるサッチの肩がひくひくと揺れているところから察するに、あいつは相当笑い転げているらしい。嫌味な友人である。

 それから他愛ない話を交わしたのち、朝食もそこそこに俺は食堂を後にした。入れ替わるように入ってきたエースは寝ぼけ眼を擦りつつぼさぼさの髪を手で撫でつけていたので、すれ違いざまに拳で胸を殴ってやった。八つ当たりということにも気付かずポカンとしたままの弟分は放っておくことにして通路へ出る。部屋に戻るため左へ曲がったが、何となく親父の顔を見たくなった俺は踵を返し来た道を戻り始めた。

「お前が仲介するって言ったじゃねえか!!」

「しょうがねェだろ寝過ごしたんだから!!」

 食堂からそんな怒声が響きギョッとして立ち止まる。声の主はユキムラとエースか。やはり先ほどのアレはエースも一枚噛んでいたのかと納得しているとイスを蹴り飛ばすようなけたたましい音と共に、食堂から男が一人飛び出した。上半身裸で黒髪で軽い身のこなし。エースだ。食堂から出て左へ曲がり真っ直ぐこちらへ向かってくると思った矢先、あまりの勢いで吹き飛んだ帽子を掴むため伸ばした腕を、別の腕が掴んだ。

「エース待て!!!」

「うおっ!? おいバカッ、ヤベェ!!」

 一瞬かち合ったエースの目が見開かれる。俺との衝突を避けるためエースの足が咄嗟に床を蹴り横へ跳んだ。男の体が壁にぶち当たる凄まじい音が響き、そちらに意識が向いていた俺の腹と胸を衝撃が襲った。大砲でも食らったかのような強烈なタックルだ。勢いを殺しきれず床に叩きつけられ視界が白く明滅した。肺の中の酸素が押し出され、俺は咳込みながらも肘を付いて上体を起こす。

「……大丈夫かよ、マルコ」

 肩と腕を壁にめり込ませたエースと目が合った。お前ェこそ大丈夫かよい、と返す元気すらない。年は取りたくないものである。騒ぎを聞きつけたクルーたちが食堂からこちらを覗き込みはじめ、俺は改めて自分の状況を確認した。
 先ほどいた位置から五メートルほど吹き飛ばされ、タックルをかました張本人が俺の腕の中でこちらを見上げていた。ほとんど半泣きのような表情で何か弁解でもしたそうではあるが、俺は黙って体を起こす。慣れた動きでユキムラを肩に担ぎ、それから青ざめてこちらを窺っているエースの頭を殴り同じく肩に担いだ。

「いッッッてェなァ!! 何でおれだけ殴るんだよ!?」

「降ろせよ! 子供扱いすんな!!」

「うるせェよい、バカども」

 肩に乗る男二人の尻を力一杯つねりあげると揃ってギャアと喚いた。通路に溢れる人混みが、俺の歩みと共にさっと道を開けていく。恐らく青筋でも浮いているであろう俺の顔を見て、誰もエースとユキムラを庇う気などおきはしないようであった。

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120719