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片想い、片想われ
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 海賊というのはテンションが高くノリのよすぎる人間が多い。故に酒を好み暴動を好みその勢いで取っ組み合いになることも珍しくはなかった。毎夜のように繰り返される宴会はそういったバカ騒ぎこそないものの、皆一様に酒を片手に話に花を咲かせている。俺もまたそんな連中と同じく、手空きのクルーが集まる食堂で酒を飲んでいた。特に話をしたい気分でもないため一人部屋の隅に陣取り、食堂全体を見回しながらこうして物思いに耽っているのである。

「マールコ! またこんなとこで飲んでんのかァ?」

 ふらりと現れたのはエースだった。既に酒が入ってるので上機嫌な赤ら顔をして俺の隣へ座り、肩が触れるほどに距離を詰めてきた。こいつは悪い奴ではないが絡み酒の気がある。まだ理性が残っているようだが、このペースで飲んでいればそれも時間の問題といったところだろう。

「どこで飲んでたっていいだろォよい」

「んだよつれねェこと言うなって! ユキムラはもう二本も空けてんだ、マルコも飲めよ!」

 手に持ったジョッキを時折口に運びながらエースが顎で部屋の中心を指す。白い肌を赤く染めながらボトルの葡萄酒を流し込む男がそこにいた。癖の強いアッシュの髪はいつにもましてくしゃくしゃになり、目も据わっている。どう見ても泥酔した様子の彼は親父の息子の一人であり、俺の仲間でもある。強くもないくせに酒を好むせいで浴びるように飲んでは昏倒することも多いお騒がせな奴だ。

「おーいユキムラァ! マルコにも酒やれよ!」

 エースが手を上げ声をかけるとユキムラがこちらを向いた。普段は理知的な青を映す瞳がエースを捉え、それからそのすぐ隣にいる俺へ向く。弓で射るような鋭い眼光に一瞬心臓が跳ねたが、俺のその変化には恐らく誰も気付かないだろう。大人しく酒を嗜んでいたというのに、まったくエースのせいで台無しである。

「おー! あたぁしいのあけっかあ!!」

 テーブルの上に置いてあった未開封のボトルを手に取ってへにゃりと笑ったユキムラがそう言ったが、呂律が回っていないので何を言ったのか理解出来なかった。前後不覚になるほど酒を浴びた男はイスから立ち上がり足を踏み出し、そのまま倒れそうになった体を横から仲間たちが支えている。大柄な男ではないのが救いだが、それにしても、何度見ても酷い有様である。
 俺は手に持っていたジョッキを一気に煽り、それから重い腰を持ち上げた。ほとんど寄りかかる形になっていたエースの体が傾いたが、腕を付いて転倒を免れたようだ。

「お前ェは飲み過ぎだよい……部屋に戻って寝ろい」

「やぁだぁ!」

 駄々を捏ね出した男を支える連中が俺を見てそれを差し出す。自力で歩けないほど酩酊しているユキムラの腹から背中に腕を回し、少し身を屈めてから持ち上げた。いつも通り肩に担がれた男は回らない舌で何事かを訴えていたが、毎度のことなので俺は聞こえないフリをする。

「おれが代わってやろうか、マルコ」

 背後でそう言ったエースの顔は意地悪く笑っていた。分かってて聞くのだからこいつの性格も相当歪んでいると思ったものの、俺も人のことを言えた義理ではないため、去り際に片手を上げるに止めておいた。



「きーてんのかぁマルコォ!」

「……聞いてるよい」

「おれはぁ……まぁだのぇる!!」

「さっきも聞いたよい……」

 背中側で喚く酔っ払いにそんな返事を返しながら部屋のドアを開けランプをつける。闇に沈んでいた部屋に薄明かりが灯ると、抵抗は無駄と悟ったらしいユキムラが大人しくなった。ようやく静かになった酔っ払いの体を乱暴にベッドに投げ捨てると「うげっ」という呻き声が響く。カエルによく似た声である。

「そら、さっさと寝ろい」

 ぐったりと動かない体を引っ張りベッドの上に真っ直ぐ寝かせて、薄いタオルを腹にかけてやる。しばらくは恨みがましい目で俺を見つめてむにゃむにゃと意味不明なことを呟いていたようだが、頭に手を置いて何度か優しく叩いてやると、ユキムラは眠そうに目を瞬かせた。こうしていると年相応に子供のようで、常に周りに人が絶えない理由がよく分かる。からかえばムキになり、喜べば共に歓喜し、気落ちしていれば声高に激励する。ユキムラはそんなバカ正直な男だった。

「まるこぉ……」

 睡魔に攫われ眠りに落ちていく男はほとんど喋れていないままにかろうじて俺の名を呼んだ。返事の代わりに頭を撫でているとやがて目蓋が閉じて呼吸が寝息に変わり出す。

 部屋には俺とユキムラの二人だけで、響くのはその寝息だけである。頭を撫でていた手を離し、幼さの残る頬の輪郭を手の甲でなぞる。呼吸に合わせて上気する胸元を確認して、俺は黙ったままに顔を寄せた。触れそうな距離で顔を覗き込みぴくりとも動かない睫毛を見つめる。髪と同じく淡い色に縁取られた瞳を覗きたい、と思う。この距離でそれを見つめられたらどれほど満たされるのだろう、と。
 何年も前から抱く想いは年月と共に形を変え、ただ側にいるだけで幸福感を得ていた頃と違い、今では立派な劣情にすり変わってしまっていた。酒に飲まれるユキムラの悪癖をいいことに、善人ぶって部屋まで運んではこうして無遠慮に触れた。いつもユキムラとつるんでいるエースはそれに気付いているのだろう。

 ベッドが軋んで起きないよう注意を払いながら、酒気を帯びた唇に自分の唇を重ねた。きつく拳を握り締めるのはそれ以上のことをしてしまわないよう制するためである。男にしてはやや厚い唇をほんの少しだけ舐めて、細く息を吐き出しながら体を引き離した。もしこんなことをしていると本人に知れれば大変なことになる。どうにか自分を律し、腰を上げ、ユキムラの部屋を後にした。

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120719