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小さな友
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 海へ旅立つ者が目指す偉大なる航路《グランドライン》を航海していれば様々な船と遭遇することになる。攻撃をしてくる船もあれば何事もなく素通りする船もあり、そしてこの船のように、持ち主の息絶えたあともフラフラと航海を続ける船もあった。人は死んでも船は死なない。嵐に潰されず生き残る船は稀ではあるが、確かに存在した。

「しっかしまあ、ひでェありさま……とでも言ったもんかな」

 見知らぬ船に乗り込んだおれたち白ひげ海賊団の船員は異臭に顔を歪める。そこいら中に転がる死体には蛆が湧きハエが集り、黒く変色した血や糞尿と肉の腐る臭いが充満していた。男というのは戦闘の興奮が覚めると意外とこういうグロテスクな画にドン引くもので、大半のクルーと、例に漏れずおれも相当引きつった顔で船内を探索していた。感染病が蔓延して壊滅したのかと思いきや、どうも殺し合いの果てにこうなったようなので船内のお宝を頂こうと思ったのだが……それにしても酷いありさまである。

 マストに背を預け死んだ船長風の男は手に銃を握っている。蛆の湧き具合、無事な食料や飲み水があることから、死んで一週間というところだろう。ここら辺の海の気候は温暖で湿っているため、腐食は通常よりも早いのだ。
 この船はこのまま死体と共に海に沈めてやるつもりだったが、その前に宝を回収するため、おれは階下の倉庫に足を向けた。鍵の掛かった扉をぶち破り暗い庫内を見て回る。火を灯し辺りを照らすと、湿った火薬や錆の浮いた剣、埃の積もった服などが散乱していた。波に揉まれ、積荷が崩れたのかもしれない。

 特に目ぼしい物もなくさっさとズラかろうと思い踵を返したとき、部屋の奥、闇に包まれた辺りから小さな音が聞こえた。

「ん……? ネズミか?」

 足元の邪魔な物を蹴り飛ばし念のため確認する。返事はない。首を捻ったとき、再び音が鳴った。今度ははっきりと、呻き声が聞こえた。

「エース何してる! 戻るぞ!」

「待て! 誰か生存者がいるんだ!」

 階上から聞こえた仲間の声にそう切り返しおれは声の方へ近寄った。奥は特に積荷の崩れ方が酷く、しかも積んであったと思われる木箱が床に落ちている。火を床に近付けマジマジ確認すると小さな手が、更にそれを辿っていくと、埃と血で汚れた、手と同じ小さな白い顔があった。……子供だ。

 慌ただしい足音と共に数名の男が倉庫へ降りてくる。埃が舞い上がってむせそうになるがとりあえず子供の体を押し潰さんとしている積荷を退かしてやった。小柄な体が幸いして木箱と木箱の間に滑り込んだおかげで圧死はせずに済んだようだが、片方の足が挟まり動けなかったようだ。足に乗った荷物を慎重に動かし、そのうちにもう一人が子供の体を引っ張った。重たい金属が擦れる音が響いてぎょっとする。

「全く……誰が生きてたって? クルーか、はたまた捕虜か……」

 階段の軋む音と共に近付く親父の低い声に、奴隷だ、と誰かが呟く。
 子供の足には、その痩せ細り棒のようになった体に不釣り合いな、重い枷が付いていた。体を動かせばそれが揺れジャリジャリと耳障りな音を立てる。子供の奴隷も珍しくはないが、それでもこんな船の中に、まるで忘れられたように放って置かれる姿は、海賊から見ても哀れを誘った。親父は低い天井で頭を擦らないよう背を屈めながら歩く。大男が、小さな子供の前に立つ。衰弱しきっている子供は僅かに目を開く。

「おい、生きてるか。てめェ意外は全員殺し合って死んだ。…てめェは死にてェか。死にたくねェか?」

 その言葉におれたちは息を吐き出した。親父は一人残された子供を放っておくような男ではないし、だからといってやたらめったら生かすようなこともしない。子供の意思に生死を委ねるというつもりなんだろう。子供のまぶたがピクリと動き、懸命に絞り出した蚊の鳴くような声で「しに、たく……ない……」そう囁いた。

「フン……エース。このガキを見付けたのはてめェだ、ちゃんと面倒見てやれ……」

「お、おう……」

 おれがかよ、とは思ったものの、おれも結局見捨てることが出来ない性分である。足を繋ぐ鎖を壊して子供を担ぎ上げ、先に倉庫を出た親父の背に続いた。
 砲弾で撃ち炎上した船は死に、静かに海に沈んでいく。

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120705