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呉島主任は愛妻家である
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 今日も残業だ。凌馬の報告を聞きながらそんなことを確信してパソコンを閉じる。目の前で何か恨み言を垂れ流す男を尻目に携帯を取り出した俺は、短縮番号に登録してある妻の携帯へと電話をかけた。
 数回のコールののち、俺が雇った妻の世話人が応答する。

『いかがなさいました、旦那様』

「エリナに代わってくれ」

『かしこまりました』

 プツリと音が途絶えて数秒の間が空き、俺が若干の待ち遠しさを感じたとき、携帯の向こうから聞き慣れた声が響いた。

『もしもし? 貴虎さん?』

「ああ……寝ていたか?」

 寝るにしてはやや早い時間ではあるが、呂律の回っていない穏やかな声につい疑問が口をついた。ふふ、と柔らかい笑い声が鼓膜を震わせる。

『お昼寝をしてしまったみたい。……今夜も遅いの?』

「ああ。深夜までかかるかもしれないから先に寝ていてくれ、と言うつもりだったが……その心配はなさそうだな」

『ふふ、ごめんなさい。……ねえ、お仕事大変なの?』

「大変と言えば大変だが……問題ない。朝までには一度帰宅する」

『そう……分かったわ。無理しないでね、貴虎さん。愛してるわ』

 ギュッと胸が締め付けられる思いだ。甲斐性のない夫にこれほど暖かい言葉を向ける妻が、彼女以外今の世にいるのかすら怪しい。妻の言葉に応じてすぐ愛してると返そうとしたものの、俺の後ろには先ほど愚痴をこぼしていた凌馬がまだそこにいて、何か言いたげにニヤニヤと気味の悪い薄ら笑いを浮かべてこちらを見ていた。俺はやや声を落とし、一度咳払いをする。

「俺も……愛している。風邪を引かないように暖かい格好をして寝るんだぞ。暖房も付けておけ」

『うん、分かってる。じゃあ、おやすみなさい』

「ああ、おやすみ」

 電話を切り、今頃携帯を世話人に渡しているであろう妻の姿を想像する。昼寝をしたと言っていたが、夜しっかり眠れるのだろうか。ぼんやり思案に耽る俺の背後でゴホンとわざとらしく声を出した凌馬を振り返ると、奴はまだあの憎たらしい笑みを貼り付けて俺を見ていた。

「愛妻家の呉島主任? 愛する奥さんとのお話は終わったかい?」

「茶化すな……仕事に戻るぞ」

「はいはい、仰せの通りに……」

 嫌味を感じるほど恭しく頭を下げる友人の肩を、俺は手に持ったバインダーで軽く叩いた。この性悪男には当分恋人など出来ないのだろうなと実感し、一秒でも早い帰宅を目指し、俺は仕事を片付けるため部屋を後にした。

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140614