甲斐性のない牙琉響也の話
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美緒ちゃんの家に泊まるから、今日は帰らない。そうメールが来たのは僕が証人との待ち合わせ場所にいたときだった。安心させるためだろう、メールには美緒ちゃんという女性と2人で写った画像が添付されていて、何を思うでもなくまずそれを保存した自分に嫌気がさす。
どういうことなのか理解出来ず電話しようと思ったのにタイミングよく証人が現れてしまい、結局メールだけ読んで携帯をポケットの中に押し込んだのが昼過ぎのことだ。
やるべきことを全て終えたのは20時を回ったころで、検察局から出て帰宅する前、僕は紫の携帯に電話を掛けた。数回のコールのあと、カチリと音が鳴る。
『もしもし?』
「紫? 僕だよ」
『うん。どうしたの?』
「帰って来てくれ」
まず泊まりの理由を尋ねようと思ったのに、僕の口から出たのはそんな懇願のような言葉だった。もしかしたら口調も随分必死だったかもしれない。
『響也くん、あのね、』
「紫、帰って来て。キミのいない家に戻ったって仕方ないんだ。僕はキミがいなければ生きていけないよ……頼むから、」
「響也くん」
機械越しに聞こえていたはずの声がすぐ後ろで聞こえて、僕は思わずハッと息を飲んで振り返った。そこには携帯を持ってイタズラっぽく笑う恋人が一人で立っている。
「紫……」
「あのね、さっきのメールは嘘なの。響也くんにも寂しい思いをさせようと思って……」
でも私の方が先に寂しくなっちゃった、と。バツの悪そうな顔で笑う彼女に、僕は全身の力が抜けていくのを感じた。嘘。あのメールは嘘。恐らく普段、多忙な僕に寂しい思いをさせられている彼女の、微かな抵抗。
「そう……」
嘘でよかったと、心底思った。彼女が家に戻らないなんてことがなくて、本当に。
「……ごめんなさい。怒ってる?」
「うん。とてもね」
俯いて、間髪入れずにそう答えると彼女はシュンと肩を落とした。怒っているわけがない。彼女にこんなことをさせたのは他ならぬ僕だ。仕事にかまけ、恋人に寂しい思いをさせていたのは僕なのだから当然の報いだし、むしろこれが本当に家を出てしまう前のアラートだとしたら、事前にそれに気付けてよかったとすら思う。あのね、と弁解しようとする彼女に近付いて、一回りよりもっと小柄なその体を抱き締めた。僕が覆い被さるような形になって、紫は苦しいのか恥ずかしいのか小さく呻いている。
「きょ、響也くん……ごめんね?」
「いいんだ。僕の方こそすまなかったね、寂しい思いをさせてばかりで」
「ううん。さっきの言葉聞けたから、もう平気。寂しくないよ」
背中に回された腕がほんの僅かばかり力を込めて締め付ける。愛しいこの恋人を決して逃がしてしまわぬよう、僕は人目もはばからずに彼女の額にキスを落とした。
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130915