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甲斐性のない牙琉響也の話
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「今日、出掛けて来るね」

 僕が外出する直前、彼女がポツリとそう言った。普段は事前に教えてくれる彼女がまるで図ったように僕の外出前にそんなことを言うのが珍しくて、僕はさぞ驚いた表情をしているに違いなかった。

「……女の子とかい?」

 こういうとき、まず最初に相手を確認してしまう自分の心の狭さが嫌になる。職場の人間といえど、男のいる忘年会などに参加させるのも嫌な僕にとって、しかしそれは非常に重要な確認要素だ。

「うん。高校のときの美緒ちゃん。響也くんも知ってるよね?」

「ああ……」

 誰だったかな、とは言えなくて曖昧に返事をした。高校のときの記憶なんて、もうほとんど紫への恋心に上塗りされてしまっているのだから仕方ない。

「気を付けて行くんだよ。男について行ったらダメだからね」

「うん」

「何かあったらすぐに電話してくれ。電源は常に入れておくから」

「うん」

「もし繋がらなかったら、バンドメンバーに電話して。それと、あまり遅くまで外にいてはダメだよ。連絡くれれば迎えに行くから」

「うん」

「紫」

「なあに?」

「……愛してる」

「ふふ……私も」

 笑いかける彼女にキスをして、僕は靴を履いた。胸の内がもやもやしているのが分かる。自分は仕事だ何だと家を空けることが多いくせに、彼女が休日に誰かと出掛けるのが嫌でたまらない。そんなつまらない独占欲を抱く自分自身にもまた怒りを覚える。
 ドアを開ける前に振り返ると、紫はいつもと同じように微笑んでいた。

「紫、」

「出掛けない方がいい?」

 僕の言葉を遮って、彼女がそんなことを言う。僕のつまらない考えなど、紫には全てお見通しなのかもしれない。うん、家にいて。僕の帰りを待っていて、と。そう言って彼女をこの家に縛り付けてしまえたら楽なのに、残った良識が自分の考えを否定する。

「……いや。楽しんでおいで」

「うん……」

 何とか絞り出した言葉に、彼女は笑って頷いた。ドアを開けて外に出て家の中をみると紫は笑いながら手を振っていて、僕も同じように手をあげて外へ踏み出す。日差しが眩しいくらいで、サングラスを忘れたことに気付いたが、家に戻ってはいけないような気がして、僕はそのまま検察局へ向かうことにした。
 帰ったらまず彼女を抱き締めよう。寂しい思いをさせてごめんと謝って、それから明日、数ヶ月振りに一緒に買い物にでも行こう。そんな計画を立てていると、ほんの少しだけ気が紛れたような気がした。

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130914