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プレゼントマイクは死が恐ろしい
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 トワッチが帰宅したのは夜の10時を過ぎた頃だった。近頃の天気は憂鬱になるような曇天ばかりだと思っていたが天気予報によると、夕方から降り始めた雨は今夜から明日の夜まで続くという。雨にはいい思い出がないため俺のテンションは下がり続けるばかりだし、それに拍車をかけるようにして俺の癒しであるトワッチは今日、俺がこの世で最も苦手な葬式という行事に参列していた。「こんなに降るとは思ってなかったな……」玄関先でボヤくように吐き捨てた子供が頭を振ると髪から水滴が撒き散らされる。幼い容姿には不釣り合いな黒いスーツと黒いネクタイがいかにも葬儀を連想させ、なるべくそれを見たくない俺は手に持っていた白いタオルを彼の頭に押し付けた。

「トワッチ、今日の葬式ってよォ……」

 聞いたところで意味はないし底辺まで落ちた自分のテンションを更に落とすだけだというのに俺の口からはそんな言葉が紡がれる。トワッチは何でもなさそうな顔で「自殺だったよ、やっぱり」と言った。嫌な言葉だ。腹の底がヒヤリと冷えて、ああだから聞かない方がよかったのだと内心で自分をなじる。

「うちの爺さん、40の時に1回死んだんだけどさ。お前も知ってる通り、うちは"そういう"個性だろ?」

 ウンと頷く。トワッチの一族が受け継ぐ個性は「再開」だ。1度目の死をチェックポイントとしてコンティニューし、以降再び外的要因によって死ぬまでは老いることも死ぬこともなく、止まった時間の中を永遠に生き続ける。制限があるとはいえお伽話の不老不死を絵に描いたようなその個性は今まで俺が目にした数ある個性の中でも殊更特異なもので、時間が止まるというメリットなのかデメリットなのか分からない効果以外は、ほとんど無個性と呼んでも過言ではないように思う。彼の祖父もその個性を持ち、チェックポイントを遡っていたのだろう。1度死に、その後何十年も40歳のまま生きてきたに違いない。それは小学5年生の頃のまま時が止まったトワッチとまるっきり同じだった。

「半年前に婆さんが亡くなってさ……ほら、前も葬式あったろ。覚えてるか?」

「Ah……あったな。トワッチが礼服買ってた時だろ?」

「そうそれ、それが爺さんの嫁さんの葬式だったんだけど。そっから爺さん落ち込んでたらしくてなあ。婆さんの葬儀の時も酷い顔だったよ。顔面蒼白っていうのかな。顔真っ白で死んだ人間みたいでさ、あんときは幽霊かと思った」

 ピシ、と頭の中で音が響き、仮想の映像と過去に実際体験した映像とがフラッシュバックして脳裏で重なった。生気を失った人間の青白い顔なら俺も見たことがある。幽霊よりも生々しい肉の器は精巧に作られたシリコン製の人形を思わせて、胸の奥へ死を運ぶような息苦しさがある。トワッチが見た半年前の爺さんとやらは恐らくそんな悲壮さでも漂っていたのだろう。言葉を無くし曖昧に頷く俺を尻目にトワッチは言葉を続けた。「婆さんがいなくなって、嫌になったんだろうなあ。書斎で首を……」耳から流れ込む音声に映像が添加されまるでB級の安っぽいムービーのように再生されていく。老人の顔が青白い顔をしたトワッチにすり代わり、彼の前には丈夫なロープが垂れ下がる。ロープの先には輪が作られて、年端もいかない子供の細い首を音を立てて食い締めていく。背筋がゾッとして一瞬目の前が暗くなった。胸が苦しい。水の中に潜っているときのような鼓膜を覆う閉塞感で息が出来なくなる。

「おい、ひざし。聞いてるか?」

 唐突に名前を呼ばれ俺はハッと顔を上げた。タオルを首にかけてネクタイを解いた少年が訝しげな表情で俺の顔を覗き込んでいる。

「……え? あ、ああ……sorryトワッチ、どこまで話たっけ?」

「いや、もういいよ。お前こういう話苦手だもんな。顔真っ青」

「アー……ウン。ごめん」

 自分から聞いておいてそれはないだろうと自分でも呆れるがトワッチは苦笑いを浮かべただけで責めはしなかったので、ひょっとしたら俺は相当調子の悪そうな顔をしているのかもしれない。小さな冷たい手が案じるように俺の頬を撫でてくれるがその温度にもまた俺の肝が冷えていく。トワッチが生きているという実感がないことが恐ろしくて仕方なかった。俺はいつからこんなチキン野郎になってしまったのかと幻滅しつつも何とかその温度の中に生の温もりを探したくて、頬に触れる手に自分の手を重ねた。不意にトワッチが俺の名前を呼ぶ。いつもより優しいその声はそれこそ昔と変わらない、怖がる子供を宥める年上のお兄ちゃんの優しい声音だった。

「だーいじょーぶ。俺はそんな簡単に死んだりしないって。ヴォイスヒーローが守ってくれるんだろ?」

「……ウン」

「ならそんな顔すんな。お前今凄くブスだぞ」

「落ち込んでるときくらいカッコイイって言えよォ……」

「はいはい。プレゼント・マイクはカッコよくて一番クールなヒーローだよ」

「お便りサンキュー……」

 玄関先でしゃがみ込み小さな子供に撫でられる三十路のオッサンなんて見れた絵面ではなかったが俺は無様を理解した上でトワッチの体を抱き締めた。縋り付くようにして華奢な腰に両腕を回しながら細い首筋に鼻を埋める。焼香の染み付いたスーツからは死の香りが漂って俺を苛むが、しかしその中に微かにトワッチの匂いがあった。まだ生きている。薬品でも線香でもない暖かい香りを胸一杯に吸い込んで腕の中の体を抱き締めると「いてて、苦しいって」文句を言う声も生を訴えた。安心して息を吐き出し少しばかり気分が落ち着いた俺はようやく息苦しさから解放され、深呼吸をしながら彼の体から手を離す。子供の体は雨と外気に冷やされて震えていた。

「冷えたから湯船浸かりたいんだ。ひざしも入ってくれるだろ?」

「……yeah、もちろんだ。背中流すぜ」

「サンキュー、ヒーロー」

 トワッチの顔が近付いて俺の唇に自らの唇を押し付けた。自分から進んでキスをすることなどあまりないくせに俺の機嫌を窺う時だけはそういう技術を駆使するのだから、彼は見た目こそ子供だが実質子供のそれよりよっぽどタチが悪いし俺は翻弄される以外に術を持たない。「その前にお清めの塩振ってくれ」俺のテンションが元に戻った途端に甘やかすモードが終わってしまったトワッチは荷物の中から塩の入った小さな白い包みを手渡してそう言った。塩を受け取った俺は、彼から永久の死が遠退くようにと祈りながらその背中と足元に塩を撒くのだった。

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161007