プレゼントマイクはカフェが好き
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ヒーローコスチュームのときの俺はいつだって目立つ、そう主にトガッた頭がだ。昔から髪をビシッと立たせると1日が清々しく爽快に過ごせるような気がしてワックスを使わない日はなかったし、そもそも目立ってナンボのこのヒーロー業界である。30を過ぎた今でもナイスなヘアスタイルは維持しているわけだが、オフのときはトワッチも連れているため目立ちすぎてはまずかろうという判断で、毛先が肩を過ぎた頃から、普段着のときには立たせるのをやめてしまった。俺のキャラクター性で子持ちの独身ヒーローというのはイメージが悪すぎるし、そういうときばっかり「ひざしは髪下ろしててもイケメンだよ」などとわざとらしいフォローで煽ててくるのだからトワッチという男は人を手玉に取る悪い奴である。
休日のとある日、俺とトワッチは隣街まで出掛けていた。特に予定はなく天気も快晴とは言えないが家の中にいても息が詰まりそうだし、トワッチと見る景色はいつだって色鮮やかなので見慣れた街でも飽きることはない。足を運んだのはセンター街を抜けた路地を進み少し奥まったところにあるカフェで、そこは俺たちのお気に入りの店だ。近くを通ると必ず立ち寄る隠れ家のような店内にはいつものようにロック調のアレンジが施されたジャズの名盤が流れていて、俺たちは窓際にあるいつもの席へ向かい合わせに座ると今後についての作戦会議をはじめる。
「さーてトワッチ、この後どーするよ?」
「とりあえず腹ごしらえ。俺ラーメン」
「ねーよ。いつものでいいか?」
「うん。お前は?」
「もちろんイツモノ」
「女子メニューだ」
「そー。可愛いだろ?」
「バーカ」
そんなやり取りのあと、水とお手拭きを置きに来てくれたウェイターにオーダーを告げる。コーヒー、メロンソーダ、ハヤシライス、イチゴのパンケーキ。2人分の食事のうち女子力の高いメニューは俺の注文であり、これが俺たちのいつもの注文だった。
テーブルの上に置かれた氷水の入った薄茶色のグラスはレトロ感があっていい。実にオシャレだ。昭和を思わせる木目調を活かした柱や、壁に貼られた手書きのメニュー。レコードのセットされた古ぼけた蓄音機の針は一定の速度を保ったまま黒いディスクの上を走っている。このノスタルジーな内装と雰囲気だけでここに来る価値はあるなと悦に浸る俺とは反対に、トワッチはといえば興味もなさそうにグラスを口に運んでいた。小振りな唇が水を含んでグラスの中の氷がカラコロと音を立てる。どこかメランコリックな店内の空気と相まって、この空間だけ時間が切り取られているようだった。
「なあトワッチ。俺服欲しいんだけどよ、見立ててくんね? 俺をトワッチ色に染めちゃって♥」
頬杖をつきながらそう言った。当初の予定には全くなかったプランだが休日をショッピングに費やすのも悪くはない。問題は俺の前で落ち着きなく足を動かしながら「バーカ」と繰り返すトワッチの気分次第なので彼の返答を待った。小柄な少年の手にはあまるサイズのグラスを両手で支える彼が視線を上げてこちらを見る。色素の薄い茶色い瞳が俺を捉えたあと窓の外に広がる空を見やった。
「それはいいけど、雲行き怪しいぞ。ひと雨来そうだし」
「今朝の天気予報じゃ雨降るなんて言ってなかったんだけどなァ」
「傘持って来ればよかったな」
「いーや。持ってても邪魔だし雨降ってねえときに傘持ってんのはダセェよ。降ったらビニール傘買おうぜ」
笑ったトワッチが頷いた。あれが欲しいとかどれが欲しいとか持っている服とのコーディネートとか今年の流行りだとか、恐らくトワッチには興味などない話を延々と話し続けたが彼は適当に、しかし時々ちゃんと話を聞いていたかのようなまともな相槌を打つ。同じ理系でもこれが同期のイレイザーヘッドなら「そのつまらねえ話はいつまで続くんだ?」などとシヴィーな切り返しをされるところだがそこら辺はやはりトワッチの愛情なのだろうなと都合のいい解釈をしておいた。
話をしている最中に年若いウェイターがドリンクを持ってやってきた。俺の前にはコーヒーを、トワッチの前にはメロンソーダを置いて彼はにこやかに去っていく。何の躊躇もなく逆に配置されたグラスとコーヒーカップを、ウェイターが背中を向けたのを確認したあとトワッチがいそいそと入れ替えた。彼はカフェでコーヒー以外を頼むことはない。見た目こそはいかにも可愛い子供で甘い飲み物でも好みそうな様子だが、彼の飲むコーヒーはいつだってブラックである。対して俺はメロンソーダが大好きだった。
「トワッチ、一口飲むか?」
飲まないだろう理解しつつ問いかけるとトワッチは子供の高い笑い声を響かせて「いらないっての」と返した。とある休日、天気の優れない昼の1ページだった。
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161005