監視する者とされる者
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ゼブラは愛や恋といった感情に疎く、またその自覚もあった。腹一杯に食えればいい。楽しく喧嘩が出来ればいい。ムカつくヤツをぶっ殺せればいい。基本的にはその程度の考えしかなく、それらを満たすことのない恋慕というのは彼にとって縁遠いものであった。
客が逃げ失せほとんど貸切のようになってしまったレストランで肉を貪りながら、横に座る男を横目に窺う。淡い色の髪に穏やかな瞳、鼻筋の通った綺麗な顔である。恐らくこれが世に言う「美形」なのだと、記憶の中にある四天王が一人、ココの顔と照らし合わせて思う。ゼブラは全くその手のことに興味はなかったが、いわゆる女受けする顔だという認識くらいはあった。
「何か?」
監視という任を果たすため、酒は飲まずに果汁飲料で口を湿らせる秋人が顔をあげる。真正面から見ればなおのこと整った顔と認識したが、まるで人形のように無機質な印象すら与えるこの顔を好む理由がゼブラには理解出来ない。体型もいたって華奢である。最も、これは人間離れした骨格と筋肉を持つゼブラの主観であり、一般的にはしなやかに鍛えられた体である。実際に獣との戦闘においては、余程の強敵でもない限りは上手く立ち回れているのが事実だ。
「テメエは男前とは言えねーが、ココみてえに女に事欠かない面だと思っただけだ」
「……それは褒め言葉ですか?」
表情こそは眉をひそめ嗜めるようであったが、ゼブラの耳には気分の高揚を示す音が流れ込んできている。顔と言葉が一致しないということは、秋人と行動するようになってから一週間ほどで気が付いたことである。
「確かに女性には好かれやすい傾向にありますね。しかし役に立つことは少ないですし、何より今は、監視対象であるゼブラさんが何でも僕に話せるよう、僕を気に入ってくれることを重要視しています。この場合において、ゼブラさんの好みの顔でなければ意味は薄いでしょう」
「はあ?」
顔一つでそこまで考えているのかと呆れすら抱いた。仕事に責任があると言えば聞こえはいいが、それにしてもこの秋人という男、あまりにも合理主義である。頭は悪くないはずだが面倒なことを考えるのをよしとしないゼブラにとっては実に回りくどい性格だ。
「何だテメエ、俺に好かれたいってことかあ?」
「……掻い摘んで言えば、そうなりますね」
「そうかい。俺は男の面なんざ興味もねえが、嫌いな顔じゃあねえよ。それに俺は思ったことは全てテメエに伝えてるぜ」
「……それならば申し分ありません。釈放条件を満たすまでの長い期間お付き合い頂くのですから、不平不満はないに越したことはありませんね」
ナイフで肉を切り口に運ぶ秋人の口調も表情も何一つ普段と変わらないが、ゼブラには彼の腕が軋む音が聞こえている。感情の変動を押し隠すために体に力が入り、その圧力に歪む金属が、皮膚の下から感情を伝えてくる。
「オイオイ、嬉しいなら素直にそう言ったらどうだぁ?」
表には出さないくせに、それでいて彼も子供のように喜びを感じることが出来るのだということを、ゼブラは初めて知った。涼しげな顔で「照れ隠しくらいさせてください」と返答する秋人をほんの一つまみほど気に入った、そんな昼の話である。
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120626