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監視する者とされる者
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「目的地まで約五十キロか。大体半分まで来たな」

 呟くと、そうですね、と返事が返される。秋人が監視に着いて早ひと月が経過しようとしていたが、指名手配犯を確保するのもそう簡単ではない。ここ三日ほどは歩き詰めで、野生の動物を糧に野宿が続いている。過酷な旅に弱音でも吐くかと思っていたが、ある程度の訓練を積んでいるらしい秋人はぐうの音もあげずに大人しくゼブラに付き従っていた。下手な人間が監視に付いて足でまといになるよりは、この男が監視でよかったと思うことも度々ある。

「この分なら今日はベッドで眠れそうですね。冷えたコーラも飲めますよ、ゼブラさん」

 とはいえ、時折神経質な面を見せる秋人の顔には、慣れない環境と監視という任務による疲労が滲んでいる。今はこうしてゼブラの子供じみた嗜好をからかっているものの「うるせえ。チョーシ乗んじゃねえ」という言葉にも得意の長話は返さず、フフと笑みを漏らすばかりである。
 ゼブラはフンと鼻を鳴らし、瓦礫の中に申し訳程度の舗装を施された道路の脇に停められた、何年も放っておかれたような錆と土埃で汚れた廃車のボンネットに腰を降ろした。その重量にギギギ、と金属が軋んだ。

「ゼブラさん? 僕はまだ歩けますよ?」

「バーカ、俺が疲れたんだよ。チョーシ乗んじゃねえぞ」

「……なるほど。では僕もあやかりましょう」

 ホッと息を吐き出して、彼も隣の瓦礫へ腰を降ろした。水を渡すと大人しくそれを受け取って喉を潤している。
 彼がゼブラの付近に付き従うようになって、初めこそはその回りくどい長話と合理主義に腹が立ちもしたが、最近ではゼブラの性格を考慮して要点のみを抜粋することも多くなった。身の周りを世話し、場合によってはサポートに手を回しゼブラ一人では困難になる細かな手配を肩代わりするなどは当然のように行い、その上でゼブラの好きなように行動させている。恋人のように慕うというのはあながち間違いではなかったのだと、なるべく音を立てないよう静かに息を吐き出す男を見てゼブラはそう思った。全く律儀な男である。

「秋人、テメエは楽しいのか?」

「……この任務が、ですか?」

「おう」

「そうですね……楽しくはありません。僕は人を騙すのが好きなので、嘘を付けないゼブラさんといるのは気を遣います」

「嫌なヤツだな。しかももっと気を遣えよ……」

「フフ、すいません。でも苦痛ではないですよ。ゼブラさんは意外と優しいし、貴方の不器用を補うのも、頑張りがいがありますので。お水、ありがとうございます」

 そんなことをぽつぽつと会話していると、ややあって秋人は立ち上がり「行きましょう。疲れは取れたでしょう?」笑いながら声を掛けた。たいしてカロリーを使っていないゼブラがそれほど疲労を感じていないということを十分理解しているが故の発言である。年下のくせに生意気な口を聞きやがって、という不満はあるものの、弱っている相手に喧嘩を吹っかけるほど元気がありあまってるというわけでもないため「バーカ」とだけ返すことにした。




 目的の街に着いたのは夕方すぎだった。ゼブラの訪問により街は一瞬でざわめき立ったものだが、ホテルに着いてからはそれも鎮まったようである。予約もないというのに当たり前のようにスイートを指定したゼブラの要求通り、ワンフロア貸切の上層階へと通された。荷物を脇へ起きカーテンを開けた秋人が、辺りの景色に感嘆の声をあげている。普段は感情に乏しい男ではあるが、たまには人間らしい感動も覚えるようである。

「おい秋人、散策は明日だ。今日はメシ食って寝る」

「いいんですか? 明日にはターゲットも移動しているかもしれませんが」

「そうしたらまた追い掛けてぶっ殺せばいいだろうが」

「……なるほど」

 夕闇に染まりはじめた街を見下ろしたあとカーテンを閉じた秋人は、備え付けの電話を取り夕食の予約を入れるようである。ゼブラは元より、グルメ細胞を入れている秋人もそれなりに食事の量が多いため、食事の予約は早ければ早いほどいい。電話口から聞こえるのは恐怖と緊張、そして緊急で食糧を仕入れるために誰かが誰かに連絡する雑言ばかりである。

「ゼブラさん、」

「それでいいぜ」

 今夜のディナーは夜九時になってしまうという申し出にゼブラの意思を確認しようと受話器から耳を離した秋人が何かを言う前にそう返した。何を考えているのか分からない、作ったような微笑を浮かべると再び受話器を耳に当て「それで結構です。あと、冷えたコーラを山ほどに」そう注文した。




 宵の帳が下り、部屋の電気を落とすと辺りは暗闇に包まれた。同じ寝室の隣のベッドには監視役の男が横になっているが、その緩やかな呼吸から察するに、彼は既に眠りの世界に沈みかけているようである。昼間に疲労を浮かべていたものの、食事のあとはすっかり体調も戻っていた。明日に備えての早い就寝であったが、ゼブラも特にやることもなかったために大人しく床についていた。

 目を瞑ってしばらくした頃、不意にゼブラの耳へ微かな音が響いた。ゼブラさん起きてますか、と、まるで聞かれたくない独り言を呟くかのような、ゼブラでなければ聞き取ることは愚か気付くことすら出来ないような音量である。

「ああ?」

 返事を返すと今度はフフと笑みを溢す。本当に地獄耳ですね、と言葉が紡がれる。言いたいことがあるならハッキリ言えと思ったが、静寂が支配する暗い部屋では声を荒げてはならないような雰囲気があり、ゼブラは文句を飲み込んだ。ただしくだらない話であれば我慢出来そうになかったので、空気を震わせる怒りの声は喉に蓄積されたままである。

「楽しいですよ、この任務」

「……あ? テメエ嘘付いたのか? 昼間は楽しくねえっつってただろ」

「今考え直したら、ということです。嘘じゃないでしょう?」

「テメエは口八丁なヤツだな……」

「フフ、職業病ですかね」

 チッと舌打ちを返せば、笑いを漏らした男はおやすみなさいと呟いて寝返りを打った。会話は終了したようである。今日の今日でころころと意見が変わるなど調子に乗っていると思わざるを得なかったが、それでも例の契約書がある建前か、嘘は付かず付き従っている。この監視がいつまで続くのか予想も付かないが、ひとまずゼブラは、この胡散臭い男とは長い付き合いになるのであろうと、そう感じた。

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120625