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監視する者とされる者
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 ゼブラにIGOからの呼び出しが掛かったのは突然のことだった。指名手配犯の確保及び新種食材の発見を条件にグルメ刑務所から釈放された身ではあったが、ハニープリズンを後にしてからまだ三ヶ月ほどである。問題を起こしたわけでもないというのにご苦労なことだと、しかし会食という表向きな名目に甘んじてそれに応じて今に至る。グルメタワー上層部に位置する八つ星レストランを貸切にし、常人では食し切れない膨大な量の食事を並べたテーブルの向かい側に、その男は立っていた。
 年の頃は二十代、コック服に身を包んだ、アッシュプラチナの髪に青い瞳をした好青年だ。

「誰だぁテメエ?」

 肉を鷲掴み口に押し込みながらとりあえずそう声を掛けると、青年はにこりと笑みを向けた。ゼブラは自分の顔と体格が他人に恐怖と威圧感を与えると理解していたし、恐れられることはよくあることであったが、こうして初対面の人間が自分に対して好感的に笑顔を向けることなど滅多にないと知っている。故にこの男は駆け引きに富んだ肝の据わった男だと瞬間的に察したため、彼の「本日のコースを担当したシェフでございます」という返答を嘘だと見抜いていた。

「フン、名前は?」

「桂木幸彦と申します」

「嘘だな」

 ピクリと男の目が僅かに細まった。

「年はいくつだ?」

「今年で二十八になります」

「嘘だ。誰の命令でここにいる?」

「当店総支配人に指示され本日のご予約のご挨拶に参りました」

「そいつも嘘だ。テメエはIGOの人間だな」

 笑みを絶やさなかったその男は、そこでようやく長い息を吐き出した。頭に被ったキャップを外し、一度頭を下げて、流石ですと呟いた。

「偽証には自信がありましたが、やはり四天王には通じませんね。一体いつお気付きに?」

「最初からだ。テメエの心臓も呼吸もまるで真実を喋ってるみてえに一定のリズムで規則正しく動いていたが、筋肉の僅かな緊張による機械の軋む音までは制御しきれねえようだな。
 それにそもそもこのレストランに隻腕のシェフはいねえ。そしてその隻腕を隠すために、義手ではなく偽の腕を付けてるヤツだって、俺が知る限り一人だけだ」

 なるほど、と青年が頷いた。
 彼が厨房にいたとき、ゼブラの耳に届いたのはこのフロアにいるIGO関係者の呼吸や心臓の鼓動音と、機械の腕が奏でる音であった。恐らくこのシェフの格好をした男は、失った片腕を補うため、そこに人工の皮膚と肉で覆った機械の骨組みを入れているはずである。欠落した部位に外付けする義手とは違う、皮と肉を裂いて埋め込み、グルメ細胞の息づく人工皮膚の下から生じる稼働音。その微かな違和感をゼブラは既に感じていた。隻腕のシェフもいないではないが、そこに稼働域を広げるため機械を埋め込む人間はIGOにすらほとんどいない。それはゼブラの知る限り、刑務所にいた頃偶然耳にした「グルメスパイ」という機関に在席する一人だけであった。

「……お見それいたしました。失礼をお許しください、ゼブラさん」

「さっさと用件を話せ。長話はムカつくからな」

「分かりました。僕はIGO特別機密情報諜報機関所属、橋村秋人と申します。機関では主に他国への潜入や市場監視を受け持つ、」

「話が長え!!」

 覚えるのもややこしいような言葉にゼブラが怒号をあげた。飲もうと手に取ったコップが割れ中のコーラがテーブルクロスに染み込んでいく。広いフロアの空気がびりびりと振動しその場の人間は思わず耳を手で覆い身を屈めたが、男は相変わらず笑顔のままである。ただ少し困ったように眉尻を下げてはいたが、それはゼブラの驚異的な短気が引き起こす爆発的な破壊力へ対する畏怖というよりも、どう話を縮めたものかと思案を巡らせるもののようであった。

「……ゼブラさんの釈放に伴う条件がありますね。それを滞りなく進めるため、一龍会長の命により、僕が貴方の監視を務めることになりました。以後よろしくお願いしますね、ゼブラさん」

 笑えない冗談だ、とゼブラは思う。そもそも問題ばかりを起こしてきたトラブルメーカーである、監視が付くのは予想していたことだが、それがこんな若い男とは。しかもゼブラが最も嫌う、平然と嘘を付く諜報機関の人間である。食事の手を止め品定めのようにジロジロと無遠慮に男を見回したが、やがてそれも面倒になり舌打ちをした。

「いいぜ。ただし条件がある」

「条件、ですか?」

「テメエは随分嘘を付くのが上手いようだが、俺に嘘を付くな。ぶっ殺したくなっちまうからな」

 なるほど、と男が頷く。秋人と名乗った青年はおもむろに懐から一枚の紙を取り出すと、それを持ったままゼブラの横まで歩み寄った。テーブルに紙を広げて手近なナイフを手に取ると、それで親指を切り裂いてみせる。食事時に、それもわざわざ他人の食器で皮膚を裂くなぞまともな精神ではないなとゼブラは感じたが、彼はココやサニーのように礼儀や美しさを求めるつもりもないため指摘はしなかった。

「これは諜報機関の特定危険任務時に適応される一種の契約書です。掻い摘んで説明すると、敵の手に落ちた場合は見捨てられ、IGOの不利益となる情報を流した場合、無条件で第一級犯罪人として逮捕され処刑される……といったところですね。僕はこれに捺印します。もしゼブラさんが、僕が嘘を付いたと判断したら、これをIGOに提出してください。そうすれば僕は逮捕され、監視には他の後任者が着くでしょう」

 そう説明したあと秋人は血の滲む親指を紙に擦り付けた。長々と綴られた概要の一番下、手書きで署名された名前の横に血判が押される。ここまでするというのは流石に予想外であったが、それでもこれがある限り、秋人はゼブラに嘘を付かないということである。完全に信用するには及ばないが、秋人の仕事に対する真摯な態度は本物なのだと漠然と感じた。

「それとゼブラさん。監視する者とされる者という立場ではありますが、円滑な工程のため、僕はこれから貴方を恋人のように慕います。要望があれば可能な限り従いますので、遠慮せず仰ってください」

「恋人だぁ? テメエはそれでも男かよ、チョーシ乗ってんじゃねーぞ!!」

 號と吼えるゼブラに涼しい笑みで秋人が応対する。相手に適応し内側から情報を操作することに長けた秋人にとってそれはよくあることかも知れないが、少なくとも我が道を行くことを良しとするゼブラにとっては、それは理解に苦しむ、あまりにも自尊心の乏しい要望であった。

「もちろん。男ではありますが、必要と判断した上です。お気になさらず、ゼブラさんはご自分のなすべきことをなさってください」

 秋人はナフキンで血を拭い頭を下げると、会話の終了を示すようにくるりと踵を返してドアへ向かい、さっさとフロアから立ち去ってしまった。腑に落ちない思いを抱えながらゼブラは食事を再開する。まさかグルメスパイの男が監視に付き、しかもそれが政府の犬と呼ばれてもおかしくないような合理主義な人間だとは思ってもみなかった。柔らかい肉を食いちぎり、今後のことを思いながら顎を動かしていたが、喉を潤す肉汁に考えていたことは全て吹き飛んでいった。
 問題があるとはいえ、相手は猛獣ではなくただの人間である。まずは腹拵えを優先させることにして、ゼブラはテーブルに並ぶ数々の料理を腹に収めていった。

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120623