アゼル×カリンツの妹
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 昨夜の雨が嘘のように、今朝の空はよく晴れていた。起きて一番に窓を開け空を眺めた私は、青く広がる空を吸い込むように大きく深呼吸をする。胸いっぱいに空気を吸って、吐き出しながら風に煽られる前髪を手で押さえた。その風の音にも負けない大きな声が聞こえてきて、自分の頬が緩むのを感じつつ窓から身を乗り出した。

「アゼルくん!」

 出来る限り大きな声を出して名前を叫ぶ。階下に見える中庭で剣を構えていた少年が顔をあげ、そしてにっこりと笑った。

「おはようございます、ユイナさん。今日も早いですね」

 剣を降ろしたアゼルくんは2、3歩ほどこちらへ近寄ると私のいる2階を見上げた。丁度太陽の光が垣間見えるのだろう、彼は少し眩しそうに目を細めている。

「アゼルくん、いつもこの時間に稽古してるから! 楽しみにしてるの!」

 私も負けじと笑い返すとアゼルくんは照れたように頬をかいた。頬が赤くなってるのは多分朝日の仕業だけじゃないはず。そう思うともっと彼の近くで話をしたくなって、窓から落ちそうなほどに身を乗り出す。

「あ、ユイナさん危ないですよ! 2階だからって気を抜いたら……!」

「大丈夫大丈夫! これでも私、紅の旋風の隊員だよ?」

「でも……」

 まだ何かを言おうとしているアゼルくんに再び笑いかけたとき、チラリとよからぬ考えが私の脳裏をよぎった。と同時に足が窓の縁にかかり、次の瞬間、私は2階の窓から宙へと飛び出していた。

「ちょ……っ!!!」

 アゼルくんの叫びにならない叫びが聞こえる。そこいらにいる女の子よりも可愛らしい顔は驚愕に染まり、大きな瞳がより大きく瞠られた。滝のように流れる空を背景にそんなアゼルくんの顔を横目に見た私は、一瞬あとには彼に抱きとめられるようにして地面の上に転がっていた。土を擦る音が顔のすぐ近くで聞こえ思わず目を瞑ってしまったが、ようやく土煙も収まった頃、そっと目を開く。

「あ……っぶなかったぁ……!!」

 クスクスと笑っていれば、怪我はないですか、とアゼルくんが問いかけてくる。私が頷いて見せると彼はほっとしたように息をついて、珍しく眉根を寄せて私を見据えた。

「ユイナさん、もし僕が受け損ねたらどうするんです! 一歩間違えば大怪我をしますよ!」

「でも、アゼルくんなら受け止めてくれるでしょう?」

 心配してくれたのが嬉しくて、でも心配させてしまったことにちょっと後悔しながらもそう言った。彼は困ったように土のついた髪をかいて盛大に溜め息をつく。もしかして、本気で怒らせちゃっただろうか……突然不安になってそっと顔を覗き込んだとき、強い力で肩を抱かれ思わず息を飲んだ。

「ユイナさんはそういうことばっかり……例えあなたが空から落ちてきたって、僕は絶対に受け止めてみせます。でも……心臓に悪いから、もう止めてくださいね?」

「う、うん、分かった。ごめんね?」

「いいえ。僕を信じてくれたのは嬉しいです」

 優しく包み込むような笑みを浮かべたアゼルくんの顔がすぐ近くに迫っていて、私はカッと顔が熱くなるのを感じながら目を伏せた。彼は固い地面から私の体を守るように下敷きになっているのに、肩を抱く腕にはまだ力が込められている。申し訳ないような、でもとても暖かい気持ちが胸に染み渡っていくのを感じる。

「……それでアゼル。早朝訓練は終わったのか?」

 突然澄んだ声がすぐ近くから響いて、私は思わず勢い良く顔を上げた。長い足、高い身長、筋肉のついた腕、結ばれた銀髪に整った、知的な顔……。

「た、隊長……」

 私の下にいたアゼルくんの顔が見る見るうちに青ざめていく。隊長と呼ばれた私の兄カリンツは呆れたように大袈裟に溜め息をついてみせ、持っている木の枝で私とアゼルくんの額を咎めるように交互に叩いた。

「いつまでくっついているつもりだ? 働かざるもの食うべからず……アゼルはいつもの倍の特訓がしたいらしいな」

「ち、違います隊長! これには深い理由が……!」

「そうよ兄さん、これはアゼルくんが悪いんじゃなくて私が」

「ユイナ、お前は何故寝巻きのまま、しかも裸足で外にいるんだ」

 私の頭から足までを見た兄さんが不思議そうに眉を顰める。そして私はそこでようやく、自分の姿を思い出した。私、年頃の女の子なのに。こんな格好で、しかも靴も履かずに裸足で地面に降りていた。そんな姿をよりによってアゼルくんに思い切り見られた事実が頭を過ぎる。自分でやったこととはいえ恥ずかしすぎる。頭の中が沸騰してしまいそうだった。

「あ、ああああ……に、兄さんのバカあああ!!」

「ユイナ!? おい!!」

 咄嗟に引きとめようとする兄さんの腕を振り払い、私は力の続く限り走り抜けた。カーッと熱を持った頬が熱い。そうして、私の朝は過ぎていった。

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