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影山×月島姉
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 部活終わり、帰宅する部員に混じって俺も自転車を押して歩く。勾配のキツイ坂道を下って、お馴染みの坂ノ下商店で我らが排球部キャプテンに奢ってもらった肉まんは他では味わえないような、言葉にしがたい美味さがあった。それを頬張りながら他愛ない話やバレーの話、控えるテスト期間についての話などに耳を傾け相槌を打つ間は、日向や月島との口論もない。中学のときには感じることのなかった、穏やかで充実した、束の間の休息だった。

「あ……円華さん!」

 テスト二日目の数学がヤバいとか赤点で部活動停止になったら死ぬとか、そんな憂鬱な話をしていたときだった。今まで黙って肉まんを食っていた山口が、突然大声をあげた。聞きなれない名前に皆が訝しんで山口を見て、その山口の視線を辿る。最後の一口を飲み込んだ俺も、例に漏れずそれに続く。

「あっ! 忠くーん!」

 視線の先にいた女子が、これまた聞きなれない山口の名前を呼んだ。辺りは真っ暗なのでほとんど顔は見えなかったが、少ない街灯の下に入ったとき見えた顔は幼く人懐こそうな印象があった。やや大きめな制服に着られるようにして、スカートを翻しながら山口の方へと女子が駆け寄ってくる。

「オイ山口! なんだあの女子は! まさか彼女かァコラ!?」

「先輩を差し置いて青春してやがるのか!?」

 食ってかかるのは田中さんと西谷さんだ。清水さん一筋などと言ってはいるものの、やはり彼女という存在は羨ましいのだろうか。コミュニケーションが苦手な俺には縁のない存在なので、そもそも羨ましさよりも、まるで空想の話を聞いているような気分である。
 フワフワした柔らかそうな金髪を揺らしながら走り寄る女子は確かに可愛い顔立ちだ。大人しい見た目の山口には少々華やかすぎるのでは……と、恐らく大半の部員が思ったに違いなかった。

「ち、違います! あの人は……!」

「忠くん! えっと……バレー部のみんなだよね? 蛍くんに見慣れてるけど、並ぶとやっぱりみんなおっきいんだね」

 小走りで山口の元へ寄る女子は小柄だった。息を切らせながらもそんなことを言いながら、澤村さんや俺、東峰さんを眺める。その首の角度は日向よりも、あるいは西谷さんよりも更に傾いていそうだ。

「なあ影山、ケイって誰だ?」

 女子の質問に日向が首を傾げる。俺は「知らねえ」とそれに答える。どこかで聞いたような名前だが、記憶するほどの聞き覚えはない名前だ。
 小柄な女子がキョロキョロと誰かを探すような挙動不振な動きをして、それからはたと俺に目をとめた。女子と話すことなどクラスメイトとの挨拶程度しかない俺はバッチリと合った目に一瞬ギョッとする。

「あ……影山くんだよね? 1年生なのに本当におっきいね〜蛍くんと同じくらいあるのかな?」

 人の波を割き、トコトコと何故かこちらへ寄ってくる。側まで来ると遠目に見ていたよりも更に小柄だと分かる。通り過ぎざまに並んだ西谷さんと比べてもなお小さく、恐らく150センチ前後の身長だろう。
 坂ノ下商店の入り口付近にいる俺の前まで来た女子が俺を見上げ、そしてそのまま目線が後ろへずれた。パッと表情が明るくなり再び早足に店のドアへと向かう。それと同時にドアが開いて、中から月島が現れた。まいどーという烏養さんの気の抜けた声が聞こえて、ああこれは、と瞬間的に俺は察した。「わぷっ!!」という高い声と「うわっ!?」という驚愕の声。そしてそれに被さるようにして、ボスッという衝突音が暗い山道に響く。

「えっ、姉さん……!?」

「け、蛍くん、ちゃんと前見て歩かなきゃダメだよ……」

「ああごめん、前は見てたけど下は見てなかった……」

 女子は恐らく、月島が自分の手前で足を止めると予想していたのだろう。ドアの前で足を止めたはいいものの、肝心の月島はその存在に気付くことなく直進し、結果として女子の小さな頭が月島の腹にブチ当たることとなった。
 こいつの肩を持つつもりはないが、確かに180センチの俺でも、あのサイズの人間があの距離にいたら気付かないだろう。高身長の人間にとって、30センチ下というのはほぼ死角に等しい。しゃがんでいる日向に気付かず蹴り飛ばしたことも一度や二度ではなかったなと、今思い出した。

 月島にぶつかった反動で跳ね返った細く小さい体が後ろによろめいて、俺は咄嗟にその背中に腕を回しそれを支えた。彼女は打ち付けた鼻の頭を手の平でさすりながら痛々しげに「ごめんありがとう……」と呟いた。

「えっ!? 月島のお姉さんなのか!?」

 そんなアクシデントに飲まれることなくリアクションしたのは、俺の横で一部始終を見ていた日向だった。月島の驚嘆などすっかり頭から抜け落ちていたが、確かに月島が、この小柄な女子生徒を姉さんと呼んだ気がする。ということはこの女子は先輩なのだろうかと思い至って、変に言葉を掛けなくてよかったと内心安堵した。

「ちょっと王様、いつまで人の姉にベタベタ触ってんの?」

「あ"?」

 こっちはただコケそうになっていたのを支えていたつもりなのだがそう吹っかけられては我慢ならなくていつものように切り返す。隣にいた日向が何故かビクッとして後ろへ後ずさった。対峙する月島はいつもと同じ薄ら笑いではなく、本気の威嚇を滲ませた目で俺を見据えている。

「蛍くん、そんな言い方しちゃダメだよ。ごめんね影山くん、重かったよね。支えてくれてどうもありがとね?」

「いや……うっす」

 重くも邪魔でもなかったが、何と言うか迷って俺は言葉を濁した。肩を握っていた手を離すとすかさず月島の腕が伸びて、俺の腕に体重を預けていた自身の姉の体を持ち上げるようにして自分の側へ引き寄せる。まるで猫か何かのような扱いである。

「で、姉さん。何でこんな遅い時間に、こんなところにいるわけ? っていうかそもそも自転車はどうしたの? 朝乗ってきたよね?」

 部員がいるのもお構いなしで、矢継ぎ早に月島が問い詰める。制服のポケットから取り出したケータイを操作をする弟と違い、姉の方は何から言うか迷ったようで、少し落ち着きなく手を握ったり開いたりを繰り返している。

「えーっと……自転車、パンクしちゃって。それに今夜は風が強いらしいから、園芸部のみんなと花壇にビニールをかけてたの」

「は? こんな遅くまで? 自転車もないのに? ……遅くなるなら僕に連絡してっていつも言ってるはずだけど」

 マジかよ、と西谷さんが呟くのが聞こえた。俺も思った。普通、兄弟間でそこまでのやり取りはもちろん、約束事もしないだろう。

「あのね、ケータイ、家に忘れちゃって……」

「意味分かんない。ケータイ電話って携帯するからこそなんだけど。僕に直接言おうとは思わなかったの?」

「言いに行ったけど……蛍くん今日移動教室多かったよね? タイミング合わなかったみたいで……」

「ああそう……じゃあ父さんにパンクのこと連絡した? ケータイなくても学校の電話借りれるし、家にくらい連絡したよね?」

「あ……その……忘れてた……」

 はあ……と月島がため息をつく。

「ホント、姉さんって……」

「だ、だって! 蛍くんに相談してからにしようかなって思ってたから……!」

 姉がそう言うと、まだ文句を言いたげだった月島は口を噤んで再びため息をついた。どうやらやはり、こいつはシスコンのようである。ひょっとしたら、姉に頼られているという現状は悪い気がしないのかもしれない。

「……まあいいけど。そんなことだろうと思ったし……とりあえず今、父さんと母さんには姉さんと帰るって連絡したから」

「えっ!? もうしたの!?」

「僕が姉さんの話を聞きながらゲームでもしてると思ったの? 父さんたちにメール送ってたんだけど」

「すごーい!  蛍くん手際いいね!」

「姉さんがぼんやりしてるだけ。自転車の修理はきっと明日出すだろうけど……明日の朝はどうするの? 僕は朝練あるし、母さんに送ってもらう?」

「明日日直だし、蛍くんと一緒に行きたいんだけど……ダメかな?」

「……姉さんがそれでいいなら別にいいけど。でも本当に朝早いからね」

「うん! ほらね、蛍くんに相談したら、みーんな一気に解決しちゃった!」

 胸の前で両手を合わせふんわり笑う姿に、田中さんがいつもの病気を発したようだった。胸を押さえて目を血走らせながら「トキメキが止まらないィ……ッ!」などと意味不明なことを口走っている。その横に並ぶ西谷さんも似たように胸に手を当て佇んでいた。

「いやぁ……知ってはいたが、やっぱり実際に並ぶと全然似てないな、月島姉弟は」

「えっ! 大地さん、月島のお姉さんのこと知ってたんですか!?」

 快活に笑う澤村さんに日向が食いつく。完全にアットホームで自分たちの世界に入っていた月島とその姉もそれにつられて視線を澤村さんへと向けた。

「まあ、俺たちは同じクラスだしな」

「そうそう。大地の出席番号の一つ前が円華だよ」

「えーっ!!!」

 菅原さんの言葉に月島の姉、円華さんが大きく頷き「スガちゃんとは3年間同じクラスだよね」と補足した。姉を呼び捨てにする3年生が気になるのか月島はピクリと眉を寄せたが、特に文句は言わず、円華さんの荷物を奪い取るようにして押していた自転車に放り込む。

「じゃあ僕たちは先に帰ります。行くよ山口」

「オッケーツッキー! お先に失礼しまーす!」

 頭を下げる2人に部員が手を挙げたり声を掛けたりする中、円華さんは月島の自転車の後ろ側へ走る。月島の制服の裾を引き、小さな声で何か言ったが、それは多分、手助けの要求だろう。
 身長も180辺りになるとやはり体のパーツの長さが普通と変わってきて、自転車も例に漏れず大きなものが必要になる。月島の自転車も俺と同じく一回り大きなものだったので、小柄な円華さんがよほど運動神経に優れてでもいない限り、一人で乗るのは難しいだろう。

「えー何? 姉さん一人で自転車乗れないわけ?」

「あっ……も、もうっ! なんでおっきい声で言っちゃうの……っ」

 カーッと円華さんの顔が赤くなった。恐らく自転車に乗るための補助を求めるのが恥ずかしいから小声で言ったのだろうが、性格の悪い月島にそれが通用するはずもない。各々で話が弾んでいた部員たちの目が再び円華さんに集まることとなり本人は居心地悪そうに俯いている。
 円華さんが自転車のタイヤの要に片足を乗せると月島が彼女の胸元に腕を伸ばし両脇の下に差し込む。片手で自転車を押さえながらなので半ば引っ張り上げる形で円華さんの体を持ち上げ荷台に座らせた。

「ありがと蛍くん……」

「はいはい。じゃ、お先に失礼しまーす」

 バイバイと手を振る円華さんにつられて俺の隣にいる日向が大きく手を振った。2ケツで走り出す月島に続いて山口が地面を蹴る。暗い山道を下る自転車が角を曲がり姿が完全に見えなくなった頃、後ろにいた田中さんがヌフフフと静かで不気味な笑いを漏らす。まあ、言いたいことは何となく察しがついた。

「ギャハハハハ!! 見たかァのやっさん!! あとクソ生意気な月島がまさかのシスコンってオイ!!」

「そう笑うんじゃねえ龍……出来た彼氏じゃねーか」

 含み笑いを浮かべる西谷さんも、田中さんと同じことを考えていたようだ。口を開けば憎まれ口しか叩かないあの月島が、過保護に姉に世話を焼く姿は確かにギャグでしかない。あまりの仲の良さに俺も見ていて若干引いたが、あれが彼女だったらしっくり来たことだろうと思う。俺もあれくらい束縛しそうだし。

 ひとしきり大笑いした田中さんがハァ……と息を吐き肩を落とした。

「あんな姉ちゃんなら俺もほしいわ……」

「俺はまず彼女がほしい……いやバレー優先だけどよ……」

 虚しさのこもった二人の声に3年生がドッと笑い出す。騒ぎを聞きつけた鵜養さんが「ガキども早く帰れ!」と怒鳴りに出てくるまで、俺たちの談笑は続いた。
 これが、月島円華さんとの出会いだった。

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