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秀吉の甥(左近と)
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 秀吉様の甥御さんの八尋様が城に滞在して数日が経った。秀吉様と半兵衛様にはよく懐いている八尋様は、当初の予定では三成様がお相手するはずだったのだが、当の八尋様が三成様を怖がってしまってそうもいかなくなってしまった。急遽大広間に呼び出され、絶望と怒りの入り混じった鬼のような顔の三成様に睨まれる恐怖ときたら……言葉にするのも恐ろしい。そんな顔をするから八尋様が怯えるのだとは、流石に口が裂けても言えなかったが。

「さこーん! ぎょーぶが呼んでたよー!」

「お、八尋様! 今日も元気そうッスね〜!」

 手を振りながら駆け寄る八尋様はすっかり俺と刑部さんに懐いてくれている。体を屈めて八尋様を待つと八尋様は勢いよく飛び跳ねて、そのまま俺に飛びかかってきた。俺より全然小さくて細い体を抱き締めて、その場でクルクル回ってやると、耳元で楽しそうな笑い声があがった。

「元気! 今日はね、半兵衛がお勉強教えてくれるんだって!」

「そいつは良かったっすね! 八尋様は勉強好きなんすか?」

「うん! 兵法とか、楽しいよ! 僕も半兵衛みたいな軍師になって、秀吉おじさまのお手伝いをするんだ!」

 八尋様はそう語った。こんなに小さいのにしっかりしてるものだと感心すらする。このくらいの年の頃の俺など、その辺を駆け回ってあり余る元気を発散することしかしていなかったはずである。
 俺を呼んでいるという刑部さんの部屋に行くため八尋様を地面に下ろすと、八尋様がすっと手を伸ばしてきた。その手を握ると八尋様はまた嬉しそうに笑って手を握り返してくる。子供ってのはこんなに可愛いもんなのかと、じんわり暖かい気持ちになる。

「八尋様、お願いしたいことがあるんすけど。いいッスかね?」

「なーに? いいよ!」

「三成様の胴着を預かってるんすけど、コレ、三成様に届けてもらえませんか? 三成様、そろそろ修練場使うはずなんすよ」

 八尋様の顔が目に見えて暗くなった。どうもこの城に来た初日、兵士の誰かをきつく叱責する三成様を見てしまったのが恐怖を抱く原因になってしまったらしい。確かに顔はおっかねえけど、三成様は本当はお優しい方なのだと、俺は八尋様にも分かってほしいのだ。俺の手を握る八尋様の手に力がこもる。

「う、うん……1人で……?」

「はい。きっともう修練場にいると思うんで。お願い出来ますかね?」

「……うん。行ってみる」

 絞り出すような小さい声だった。俺を見上げる目は不安に揺れていて、何だか見ていて可哀想になる。それでも秀吉様の甥御さんである八尋様を、三成様が厭うことなどありはしないのだから、要は話をするきっかけが必要なのだ。
 預かっていた胴着を八尋様に渡すと八尋様は両腕にしっかり抱いて、落ち着きなく胴着と俺の顔を見合わせた。

「刑部さんの用が済んだら、すぐ行きますね。大丈夫、三成様は怖くないっすよ!」

 手の中に収まりそうな大きさの頭を撫でてそう声をかけると八尋様は頷いて、小走りにその場を去った。俺も早く行かないと刑部さんから小言を言われるはめになるので、小さな背中を見送ったあとすぐ踵を返した。

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