選択権のない話
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「オレァ決めたぜ政宗……アイツに告白する」

 昼休み、中庭のベンチで昼飯を食っているとき、決意も新たに親友がそういった。購買で買った焼きそばパンを頬張り、授業中でも滅多に見ないような真剣な目をした友を横目に窺いつつ「へーそうかい」思った以上に興味なさげな声でオレも応答する。そんなオレの無関心にすら気付かないのか、元親はリンゴジュースの四角い紙パックをギチギチと握り締めていた。

「オレは惚れちまった……もうこの気持ちに抑えが効かねえんだ……!」

「まあお前がそう言うんなら止めはしねぇが……」

 パサパサした安っぽいコッペパンと水分を吸った水っぽい焼きそばを口の中で噛み潰しお茶で喉へと流し込む。別段美味くもないが、小十郎特製の弁当を忘れたからにはこれで我慢する他ない。
 空になった紙パックを潰し、ベンチ横にあるゴミ箱へ投げ入れた。ゴミ箱へゴミが入るのも見届けぬまま、オレは親友の顔を振り返る。

「しかし元親よ……相手はあの毛利の身内で、しかも男だぜ? オレは同性愛にゃ偏見はねぇが、それにしたってお前……毛利を兄貴って呼べるのか?」

「そりゃあお前ェ……」

 むぐ、と口ごもる元親の気持ちは理解に難しくはない。冷酷非情と名高い毛利元就は2年4組、元親の隣のクラスではあるがその名を知らない人間はいないというほど有名である。オレも何度かつるんだことがあるが、完璧主義者ゆえの厳格さが悪名を轟かすのに一役買っているのだろう。

「いやでもオレは呼ぶぜ……毛利を、お義兄さんってなァ!」

「Okay、そりゃあいいこった」

 盛り上がってしまっている親友を宥めることは諦めて、オレは二つ目のパンの袋を開ける。成長期の腹にはパン一つでは足りないため購買で昼飯を調達するときには複数買い込むのだが、手持ちの額の問題で今日は二つしか買えなかったのだ。ウインナーとケチャップ、マヨネーズの挟まった高カロリーなパンをかじりながら、向かい側にある花壇をぼんやり眺めていると、不意に人影が現れた。十冊はあろうかという数の古びた厚い本を両手で抱き締める細い影を見て、隣で熱く語らう元親が勢い良く腰を上げる。この男は、想い人が毎日訪れるこの場所とこの時間を狙うため、オレを中庭へ道連れにしたのである。

「政宗! オレは行くぜ!!」

「おう、しっかりな」

「バカヤロウ! アンタも来てくれ!」

「What!?」

 あれだけ鼻息荒く宣言しておいて、ここでまさか同行を依頼されるとは思っていなかった。そもそも学園の番長と呼ばれる元親と、自分で言うのも何だが問題児の筆頭であるオレが共だって近寄れば、一般の大人しい生徒はさぞ怯えるのではなかろうか。
 興奮と緊張で頭が回っていない元親は早くしろと言わんばかりにオレを見ていて、仕方なくオレも重い腰を持ち上げる。なるべく遠くにいようとパンを食いながら歩き始めるオレの前を、元親が不良丸出しの足取りで、目当ての下級生へ近付いていった。

「よォ、毛利」

 告白って喧嘩のことか? そう疑念を抱かざるを得ない一声だ。相手が女であったらまず間違いなくフラれるであろうから、その点では男を選んだのは正解かもしれない。もちろん男でも、相手がオレだったならフるだろうが。

「……。何か?」

 毛利の血筋らしい冷たい応答だ。怯んだように目を見開いたのは一瞬のことで、元親の背後で興味もない花壇を見下ろして他人のフリをキメているオレの姿を確認する頃には、一人で歩いていたときと同じ無表情へと戻っている。真近で見れば確かに毛利に似ているが、毛利のような目の鋭さや、険のある面立ちとは違い、どちらかと言えば笑い慣れているような穏やかな顔付きだ。パチリと開いた二重の目は兄貴のそれより大きく子供っぽい印象を与えた。

「オレと付き合えよ。一目惚れしちまったんだ」

 あまりにも脈絡のない直球ストレートな告白に、オレは思わず口の中にあったウインナーを丸飲みしてしまった。巨大な塊が強引に喉へ落ちる苦痛に涙目になりそうだったが、そんなことよりも元親だ。女子のように連れ立って告白しに来たと思えばこの告白の仕方なのだから、番長・長曾我部元親という男は本当に面白い。
 対して、毛利弟は言っている意味が分からないという表情である。

「……唐突すぎて意味が分かりません。というより、まず貴方が何者なのかも知りません。初対面だと思うんですが」

 至極真っ当な意見だ。元親はつい先日、たまたま毛利が毛利弟と一緒にいるのを見て一目惚れしたと言っていたのだから、恐らく弟の方には間違いなく面識はないのだろう。見ず知らずの人間、それも同性に告白されて二つ返事をするほどバカとも思えないのだから、元親はもう少し順序を弁えるべきであったはずだ。
 元親もようやく冷静に戻りその事実に気が付いたようで、照れたように笑いながら両手を合わせて少し頭を下げてみせる。

「そうだった! すまねえ! 気が急いちまってな……オレァ長曾我部元親。2年3組、クラスは違うが、アンタの兄貴と友達だ」

 毛利が聞いたら激怒しそうなザックリとした自己紹介だったが、元親の名を聞いた途端、毛利弟の顔が露骨に曇った。

「長曾我部元親……知ってます。兄上の口から何度か耳にしてるので」

「お、そうかい!?」

「ええ。野蛮で粗忽で頭の悪いならず者……ゆえに関わってはならぬ、と」

 我慢しきれず吹き出したオレを、一体誰が責められるものか。毛利兄の言いそうなことである。恐らく毛利は、元親が自分の弟について嗅ぎ回っていることに気付いているのかもしれない。
 下級生にツンと跳ね除けられ呆然とする元親の肩を叩いて「もう戻ろうぜ。気は済んだろ?」そう声をかけたのだが、元親はそのオレの手を払いのけ、何を思ったか毛利弟の両肩を乱暴に握り締めた。本を抱く下級生は驚いたように目を見張り、落とさないよう腕に力を込め自分より遥か長身の男を見上げている。その薄茶色の瞳には若干の怯えが浮かんでいるようにも見える。

「おい元親、」

「構わねえ!」

 制止をかけるオレの声を遮り元親が声を荒げた。今度こそ下級生は怯み肩を弾ませる。

「アンタの兄貴にはオレが話をつける! だからオレと付き合ってくれ! 友達感覚でいい! 変なこたァしねえし、付き合って、それで気にいらなけりゃあフッてもいい! だから頼む!!」

「あ、あの……」

「オレはアンタに惚れたんだ!!」

 怒涛の告白と呼ぶに相応しい剣幕だった。熱すぎる告白に完全にビビる毛利弟は言葉もなく目を泳がせている。これが毛利兄の方なら容赦無く平手打ちと回し蹴りが飛んできそうなものだが、弟は大人しいのか、さっきまでの凛とした姿勢は消えてすっかり臆してしまっている。
 そろそろ可哀想に思えてきたのでひとまずこの場を収めるため元親の腕を強めに掴んだが、その瞬間、

「長曾我部!! 貴様!! 我が弟に何をしておる!!!」

 空気を切り裂くような鋭い一声が中庭を震わせた。




 肩を竦めてされるがままになっていた毛利弟が、安堵と畏怖の混じった声で兄を呼ぶ。今にも殴りかかって来そうな殺意の滲んだ毛利の顔を見て元親は正気に戻ったらしく、下級生の肩を握り締めていた手を自分の頭の横へパッと上げた。

「わ、悪ィ……!」

「そこを動くな!! 貴様のその首、捻じり切ってくれるわ!!」

 本気でやりそうな顔だ。乱闘騒ぎになったら流石にオレも止めてやらねえとな……そう思い残ったパンを口の中に押し込む。大股で距離を詰める毛利兄に、弟の方は挙動不審に元親とオレ、そして兄の顔を見比べたあと兄の元へ急ぎ足で走り寄った。並ぶと、弟は小柄な毛利よりも更にやや小さいと気付く。

「あ、兄上……」

「長曾我部には関わるなと言ったはずぞ! 何故お前がアレと共におるのだ!」

「も、申し訳ありません……」

「おいおい、毛利、そりゃあオレが……」

「貴様には聞いておらぬわ!!」

 完全にブチギレモードに入った毛利に怒鳴られて元親も言葉に詰まったようで、困ったように頭をかいた。かくいうオレなどは全く蚊帳の外なため、誰に対してもかける言葉がない。重すぎる空気を振り払い口を開いたのは、意外にも毛利弟の方であった。

「あ、兄上……その……この方は、どなたですか……」

 シンと静まり返る。先ほど自己紹介したはずだが、毛利弟はまるで知らないといった表情で兄の顔を見る。

「……長曾我部元親。先日言った粗忽者ぞ。よもや覚えておらぬとは言うまいな」

「兄上のお話は覚えております……が、僕は、この方とは初対面なので……くだんの長曾我部先輩とは知らず……」

 苦しい言い訳だ。オレと共に問題児との呼び声高い長曾我部元親の顔を知らないとは考えにくい。毛利もそう思ったか怪訝そうな顔をしたが、ジロリと憎しみのこもった目で元親を睨んだあと「まあ、一理はある」そう切り返した。

「もし長曾我部先輩と存じていたら、僕は兄上の言いつけ通り……本を持ってもらうこともなく、この場をあとにしておりました」

「本、だと?」

「はい。重くて、フラついていたところを……手助けしていただきました」

「……ほう」

 まさにFine playだ。鬼神のごとき怒りを称えていた毛利の目に冷静さが戻り切れ長の鋭い目が元親を睨みつける。

「それはご苦労なことよ。弟が世話になったのであれば礼を言う。しかし金輪際関わるでない。よいな、長曾我部。
 ……纏、焼却場へと行くのであろう。荷物を半分寄越せ。グズグズするでないわ」

「はい、兄上」

 相変わらずの口調だが、弟の腕から半分以上の本を奪い取るところを見ると、どうやら毛利は弟に甘いようだった。険しい顔のまま歩き出す毛利に続いて遅れないよう弟も小走りに続く。困惑を浮かべたままの顔がオレと元親を振り返り、小さく会釈をして去っていった。


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