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犬神憑きの話
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 俺の家はそれなりに大きい方で、恐らく一般家庭の範囲でいえば、裕福な方に入る家庭なのだろう。借金があるとか、金のあてに困るとか、そういう話は親から聞いたことはなかったし、金も絡まないので親戚ともそこそこ仲がいい。その理由は、俺たちの家系が“犬神持ち”だから……だと両親に聞かされたのは、つい数年前だった。

 いきなりこの話を聞かされれば恐らく俺は信じなかっただろうし、自分でも把握してる通り年齢に相応しい可愛げを持たない俺をからかっているのだろうと、そう判断したはずだ。
 しかし、俺はその犬神を知っていた。

「京治、夕飯はまだか」

 俺の隣でラグマットの上にコロンと横たわり甘えた声を出すのが、件の犬神だ。今は犬の姿ではなく、ほとんど人間と同じような体で床に頬を押し付けてゴロゴロしている。両親の話を聞いてすぐ調べた犬神というのは一般的にもっと犬に近い容姿のようだが、どういうわけか、この犬神は時折犬の姿になるとき以外、俺が小さな頃からずっとこの見た目のままだった。

「まだ5時だし、あと1時間はかかるね。最短でも」

「なんと。長い1時間だ……」

 この犬神、常に俺の隣にいて、しかも俺にしか見えないのだ。父さん母さんにはもちろん、友人や朴兎さんたちにもまるで見えない。犬の姿になってもそれは同じで、うっかり外で話し相手をしようものなら、俺は変人扱いされる。

「犬神さん。夕飯まで頭、撫でようか」

「京治は好きだねえ。わたしはくすぐったいのだけど」

 文句を言うくせに、俺がそう提案すると犬神は素直に俺の膝に頭を乗せた。俺の腹に顔をくっ付けて深呼吸をして、それからクスクス一人で笑ってからまた大人しくなる。

「京治、今日はずっと家にいるね」

「まあ。バレー部の練習もないし」

「外に出ると、京治は話をしてくれない。わたしは淋しいよ」

 こちらを見上げる黒い瞳は不満そうだ。俺にとっては甘えたがりで従順だが、この犬神はなにぶん嫉妬心が強すぎる。幼い頃から付き合っている俺でも、時折彼の手綱を取り損ねることがあるのだからよっぽどだ。特に休日まで俺を駆り出すバレー部には相当負の感情を抱いているらしく、部員の中でもことさら朴兎さんについては悪態をついていた。

「京治はわたしが幸せにするよ。だからわたしの側から離れてはいけないよ」

 何年も繰り返される言葉が、また犬神の口からこぼれ出た。これは呪いなのかもしれない。犬神は遥か昔、呪術に使われていたというし、ひょっとしたら彼の言葉に逆らえば恐ろしい災厄が降りかかるのかも、とすら思うこともある。
 何年も一緒にいる、俺にしか見えないこの犬神という存在を未だどう扱うべきか分からないが、それでもやっぱり情が移ると可愛くて、俺はその頭をぽんと撫でた。

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1508??