売りの話
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 青年は三十分ほどで浴室から戻ってきた。濡れた髪をタオルで乱暴に拭きながら、彼にはやや長いスウェットの裾を捲り上げ、細い素足でペタリペタリとフローリングを歩いている。僕の部屋着の予備がこれしかなかったのだが、細身の彼には少しサイズが大きいようだ。

「ごちそうさま。炒飯とお風呂」

「どういたしまして。僕は寝るけど、君はどうする?」

 一晩という約束通り、彼はここに一泊するのだろう。布団を敷いてやろうにも僕の家には自分用のベッドが一式あるのみで、あと眠れそうな場所といえば硬いソファしかない。

「お兄さんが寝るなら俺も寝るよ。髪濡れたままでいい?」

「まずいね。そこにドライヤーがあるから、乾かすといいよ」

 僕が使ったあとそのまま置いておいたドライヤーを示すと彼はそれを手に取り躊躇なく電源を入れた。見ていないにしても一応テレビはついたままだったのだが、轟音で聞き取れないため消す。
 生憎僕は硬いソファや床で寝るつもりは一切ないため譲るつもりはない。彼の寝床の選択肢としては、彼がソファか、床か、あるいは同じベッドで僕と寝るかの三択だったのだが、それを本人に確認すると、彼は当然のように「ベッド」と述べた。どうも遠慮のない性格のようである。
 ようやく静かになった部屋の電気を落として寝室へ移動する。青年もそれについてくる。

「君は奥。僕は手前だ。枕はこれで代用してくれ」

 バスタオルを二枚、折りたたんだだけの簡易枕を手渡して、彼をベッドに追い詰める。比較的大柄な僕の体に合わせた広いベッドなので、華奢な青年と一緒に寝転んでも若干の余裕がある。とはいえ本当に若干の空間しかないため、必然的に肩が密着するほどの距離で寝ることとなってしまった。自分の家でこれほど寝苦しい思いをする羽目になるなどと、いつ誰が予想出来たことだろう。

「ねえ、まさかこのまま寝るつもりじゃないだろ?」

 ようやく心も穏やかに眠れると思った矢先、青年がそう話しかけてきた。僕は目も開けずに返事をする。

「もちろんこのまま寝るよ。そうだ、明日は昼前には家を出るから、そうしたら君も一度家に帰りなさい」

「このまま寝られると困るんだけど」

「僕の話を聞いていたかい……?」

 さっぱり話の通じない青年は狭いベッドで身じろぎ僕の方を向いた。真剣というには多少人の悪い笑みを含んだ表情でこちらを見ているのは見なくても分かったのでそのまま無視をする。残念だが十代の男の子に性的感情を向けるほど若くもないし、それに何度も言うが、僕は疲れていた。いくら顔見知りとはいえ何の利益も生まない非行少年を、金を払って家にかくまうような判断を下す程度には、だ。

「大人しく寝てくれないかな。僕にそういう趣味はないんだ」

「でも金もらってるし。値段の分だけ気持ちいいことしてあげるからさ」

「子供に相手をしてもらうほど若くはないよ、僕は」

「へー。お兄さんいくつ?」

「29」

「ウソ。もっと若く見えてた」

「……煽てても僕には無意味だよ」

 僅かにモチベーションが上がってしまったのを隠すように青年に背中を向ける。男二人の体重を受けてスプリングが音を立てるのと間髪入れずに、青年が僕の腹へ腕を回してくる。

「俺、舐めるの結構上手なんだよね……」

 先ほどと違い、艶を纏った囁き声が耳の中に注ぎ込まれた。腹に回った手が僕の腰骨を撫で、尻を撫で、そのまま前へと回り込む。何をしたがっているかなど一目瞭然ではあったが、やらせてなるものかと、僕も彼の腕を握って行為を阻止する。

「何度も言わせないでくれないか。僕は大人しく寝たいんだ」

「じゃあ寝てていいよ。俺、好きにやるから」

 僕の言う言葉の意味をきちんと理解しているのかと問いたくなった。近頃の若い子は人の話を聞かないなんて愚痴をどこかで耳にしたことがあるが、この子はそんなレベルではない。呆気に取られ一瞬手の力が緩んだ隙に青年の腕が指をすり抜けて、そのまま下腹部に到達する。無遠慮に急所を握られて思わず身を固くした僕を見て、彼は年相応の悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「俺の勝ち。じゃ、おやすみお兄さん」

 僕の抵抗も虚しく、そう言って彼は布団の中へ潜り込んでしまった。

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