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売りの話
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 その青年に初めて出会ったのは、毛利探偵事務所だった。依頼人と毛利先生による内容相談に立ち会うためポアロでの仕事を早めに切り上げ事務所で来客を迎える準備をする。雨足の強い、重い灰色をした雲の広がる薄暗い空が窓の外にある、そんな昼下がりだった。
 鉄製の階段を駆け上がるカンカンという軽快な音が2つ、外で聞こえ、僕は紅茶をいれていた手を止める。慌ただしく開けられたドアから現れたのは毛利先生のご息女たる毛利蘭さんと居候のコナンくん、そしてその二人と同じように全身を雨に打たれ雨水を滴らせる、見知らぬ青年であった。

「なんだお前ら、ビショビショじゃねーか! つーかその男は誰だぁ?」

「伊織くんよ! ほら、新一と一緒にサッカーやってた……って、そんなことはいいからタオル取ってきてよ、お父さん!」

 伊織。聞きなれない名前だが、工藤新一と関連のある人物なのだろう。雨を受け床を濡らし続ける彼女とコナンくん、伊織くんのカバンを預かり、僕はそれをタオルで拭いてやった。



 二度目に彼に出会ったのは、夜も遅い街中のことであった。初対面のときに着ていた帝丹高校の制服ではなく白いパーカーにデニムというラフな出で立ちであったが、憂鬱そうな眼差しと整った顔が印象に残っていたためすぐに見知った顔だと気が付いた。彼は40代と思わしきスーツ姿の男と一緒に歩いていた。

 一瞬親子かとも思ったが、それにしてもあまりに似ていないし、明らかに雰囲気が異様である。湿っぽいというか、甘えているというか。とにかく、年頃の青年が父親に向ける眼差しではない。売り、だろう。
 普段ならば無視して通り過ぎるものなのだが、なにぶん顔見知りで、懇意となった男性の娘が連れてきた友人である。面倒なことになりそうだとため息をつき、僕はその男たちに声をかけた。

「やあ、お久しぶり。こんな時間に何をしてるんです?」

 周りに聞こえるよう、多少大きな声で青年に声をかける。名前は記憶していたが、呼ぶのはやめておいた。青年は気怠げに振り返り訝しげに僕を見た。隣を行く中年の男は明らかに動揺したようで、「あ……悪いけど、私はこれで……」そう言って逃げるように去っていった。

「……誰?」

「毛利先生に弟子入りしている安室透ですよ。君と会うのは二度目かな」

「ああ……蘭が言ってた……ポアロの店員か」

 すぐに察しがついたようだ。逃げるように去った中年の後ろ姿をチラリと横目に見た青年は僕に聞こえるような大きなため息をつく。

「で、何か用?」

「今の男性は誰だい? お父さんには見えなかったけど」

「誰だっていいだろ。そんなことを聞くためにわざわざ声掛けたワケ?」

 棘を含んだ冷たい口調だ。周りに対する興味が一切ないと言わんばかりである。

「売春は感心しませんね。お節介かもしれませんが、知り合いの友人だから、一応……ね」

「あっそ……忠告どーも。じゃ」

「もう夜も遅いんだ、家に帰りなさい」

 そう言うと、青年はピクリと動きを止めた。嫌悪感の強い、侮蔑をたっぷりに含んだ目が僕をじっとり睨みつけ、彼は何を思ったか取って付けたような薄笑いを浮かべてみせた。

「じゃあお兄さん、一晩買ってよ。俺、帰る場所ないんだよね」

 流石に僕もその言葉には即答出来なかった。この隠れ蓑で犯罪、しかも年下の男を買うなんてどうしようもない色事に手を染めるつもりはなかったし、何よりそこまでして彼を擁護してやる謂れもないのである。
 僕が言葉に詰まって逡巡していると、青年は呆れたような笑みを吐き捨てて片手を振った。こげ茶と黒の中間のような色をした瞳が、夜のネオンを受けて黄色に照らされる。今にも死んでしまいそうな、闇を孕んだ薄暗い目だった。

「……いくらだい?」

 自分が何を考えているのか、信じられない気持ちで一杯だった。去ろうとする青年の腕を掴んで引き止める。掴んだ腕は見かけによらず骨が浮いていて痩せている。

「なに……?」

「だから、一晩。いくらだって聞いているんですよ」

 青年の目が僕の全身を上から下まで見回して、それから「……イチ」僕に聞こえるギリギリの音量でそう呟いた。

「……安売りはするものじゃないよ」

「女の相場とは違うから。オプションはプラス料金」

「ああ、そう」

 提示された額を懐の財布から取り出して青年の胸に押し付ける。まさか本当に払うとは思っていなかったのであろう青年は呆気に取られたように呆然としていたが、ややもするとその紙切れを握りズボンのポケットへとねじ込んだ。
 僕は彼の腕を引いて地下道の入り口へ歩く。近場とはいえ、車で来てよかったと思う。夜も遅くに一回り近く年下の青年の腕を引いて連れまわしている姿を知り合いに見られたらと思うとゾッとした。
 青年は黙ったまま、導かれるままに僕のあとに続いた。

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15????