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「#エロ」のBL小説を読む
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Lと
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「平丸さん、この国には慣れましたか?」

 恐らく偽名であろう竜崎と名乗る男は、俺の泊まっているホテルに赴いてそう尋ねた。広いロビーの奥にある柱の陰、そこに置かれているテーブルが俺と竜崎の密会の場所だ。何故かは知らないが彼は数日に一度連絡を寄越し、こうしてロビーに現れる。人目に付かない場所に連れ込まれた時は少しばかりヒヤヒヤしたが、予想に反して、彼は他愛ない言葉を交わすだけだった。

「あー……多少は。日本と文化が違うので、戸惑うことも、まだ……」

 苦笑いを浮かべる俺とは逆に、竜崎は眉ひとつ動かすこともなく小さな相槌を打つだけだ。壮年の執事のような男性が運んだコーヒーにこれでもかと言わんばかりの角砂糖を押し込んで、一口飲んだきり、彼はカップを持ちもしない。冷め切っているであろう甘いコーヒーを一瞥して、俺は居心地の悪い緊張感を苦いコーヒーと共に胃へ流し込んだ。会話が途切れると不安になるのは日本人特有の感覚なのだろうか。

「都市部へも赴くことをおすすめします。日本にはあまりない煉瓦造りの建築物、圧巻ですよ。観光名所のティールームもありますし、お土産にもぜひ。甘いものは好きですか?」

「えっ? あ……はい、まあ……あまり食べませんが、嫌いではないです……」

「嫌いではない……日本人らしい言い方ですね」

「い、一応日本人なので……」

 まるで観察されているようだ。質問を繰り返しては返答を待ちじっと見つめられるのがやたらと怖い。下手なことを言ったら俺の考えなど全て読まれて、頭の中まで丸裸にされてしまいそうな、そんな圧倒的な口調だ。これが本場の外人か……と冷や汗が浮いてくる。

「紅茶のお供にチョコレートもおすすめします。イギリスのチョコレートは甘いですよ。ほっぺが落ちます」

「ほっぺが……」

「はい。個人的にはファッジというキャンディもおすすめですが、甘いものが得意でないなら、ショートブレッドなんかが食べやすいでしょう」

「ショート、ブレッド……」

「日本で言うバタークッキーのようなものです。パンというよりはお菓子ですね。あまり甘くないので、軽食にする人も多いのだとか。……私には物足りませんが」

「なるほど……」

 甘いものの話になってから、彼はやたらと饒舌だ。コーヒーに死ぬほど砂糖を入れるのだから当然なのかもしれないが、ほんのり甘い程度で十分な俺からすればよく分からない情熱である。曖昧に笑って当たり障りない返事を繰り返す俺の目を見つめた竜崎が、持っていたティースプーンをソーサーに置いた。カチリと金属音が響き、同時に竜崎と目が合った。何を考えているのか分からない、暗闇のような目だ。

「では、今日は帰ります。楽しいお喋りでした。ありがとうございます」

「あ……はい。こちらこそ……」

 何の脈絡もなく竜崎はイスから降りる。俺も慌てて腰を上げると壮年の男性がすぐに彼の横へ現れ、案内をするようにロビーを抜けていった。その後に続いて歩き出した竜崎がこちらを振り返る。

「そうでした。最近観光客を狙った事件が多いので、外出の際には気を付けてください。では」

「あ、は、はい……ありがとうございます……」

 去りゆく背中を見送って、俺は脱力しながらもう一度イスへ座り直した。無意識のうちにため息が漏れる。さすがに頭の良さを売りにしているというだけあって、彼との密会は非常に精神がすり減らされた。一時も油断の出来ない緊迫感が常にある。しかし不思議と嫌いではない。
 研修と称して警察署や育成学校で知識を養う中、竜崎という不思議な男との密談は、俺にとってはやや面白いイベントとなっていった。

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1510??