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三成と
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「三成、またそんな顔をして。皺が寄っているぞ?」

 ここにな、という言葉と共に細い指先が私の額をつつと撫ぜた。女に見えるとは言わずとも、けれども黙って微笑んでいれば男か女か判断の付きにくい顔の青年がふふふとはにかむ。秀吉様とはとても似つかぬその表情は可愛らしいものであった。

「どうした? いつもなら小言の一つでも言うのに、今日は随分と大人しいのだな?」

「あ……い、いえ……」

 家康のように明け透けに見惚れていたのだと言えるほど私は素直ではない。いっそ庭先の花に見惚れていたなどと嘘八百を並べるべきか、もごもごと口の中で言葉を作っては飲み下した。結局私にはそういうことは向いていないのだ。
 言葉を失ったまま焦れて一歩後退る。離れた指は追うことはせずそのまま彼の体側へ降りた。

「……お体はよろしいのですか」

「うん? ……ああ、」

 薄い夜着の前を手繰り寄せ清良様がまた笑う。何が面白いかは存ぜぬが、この方は昔からよく笑う方であった。

「今日は空気が冷たくてな……気持ちが良くて起きたんだ。この通り調子もいい。半兵衛と父上にも言ってあるからな、小言はいらんぞ」

 釘を刺すようにそう言った。秀吉様のご子息は病弱で、戦はもちろん、普段表を歩くことも少ない。同じく病に侵されている半兵衛様が清良様を気に掛けるのはそれも理由にあるのだろう。闇の使者だから陽に嫌われてしまったとよく青年は笑って話したが、私には清良様が何故笑うのか、家康を何故羨むのか、まだ理解出来そうになかった。

「……そうですか。ならば、無茶はなさらぬよう」

「分かっている。そうだ三成、お前の稽古を見てもいいか?」

「……稽古を、ですか?」

「ああ。外に出れぬと文句ばかり出るが、いざ外に出るとやることもない。鍛錬をしたくとも父上には刀を持つことも禁じられてる始末だ。せめて人の稽古を見るくらいの楽しみが欲しかったのだが……いや、やはり迷惑だったかな」

「いえ……」

 ここでまた口ごもった。私はおかしい。秀吉様でも半兵衛様でも言いたいことがあれば言葉を述べることなど恐れ多くはあっても出来ないことではないというのに、この青年を前にすると上手く言葉が出なくなる。朝の稽古をつけようと持っていた刀を握り締め俯くとまた清良様はふふふと笑った。私には彼が笑う意味が分からないでいた。

「……悪かった、邪魔をしたな。今日も頑張ってくれ」

 ふうわり笑みを浮かべた清良様が踵を返して去っていく。違うのだ、拒否をしているのではないのだ。ただ何と返せばいいか分からず困惑する頭で言葉をまとめているうちに時間が過ぎてしまう。どうすれば、私の考えがこの方に伝わるのか。

「……三成? どうした?」

 気が付くと私の手は清良様の手を握っていた。女のような、それでも女より骨張って固く細い手首に私の指が食い込んでいる。私も肌が白いとよく言われたものだが、この方の白さは異常だ。病的な、半兵衛様と同じ、病んだ色だ。 青白い皮膚にぎちぎちと音を立てて指が食い込んでいる。私はそれほどまでに力んでいるのかと自分自身に驚いた。清良様も驚いているのか丸い瞳を殊更丸くしてこちらを窺っている。

「……け、稽古を」

「うん?」

 ようやく絞り出した声は喉に絡まって上手く聞き取れないものだった。慌てて唾液を飲み込んで喉と唇を湿らせて青年に顔を向ける。意味が分かっていないのか不思議そうな色を込めた彼の視線が注がれていた。私の顔にさっと血が昇るのを感じる。

「ご、ご覧になられますか。清良様の調子が良ろしければ……楽しいものでは、ありませんが」

 鍛錬を見るのは構わない。だが万が一にも刀が手から抜け怪我を負わせるかもしれないし、そもそも陽の下に長くいると体調を崩すのだから直接日光の当たらないような場所から眺めていてくれと、私はそれらを一言に包んでそう告げた。恐らくほとんどの意味が伝わっていないであろうが、危険を分からぬ男ではないため大丈夫だろう。

「本当か? ありがとう、三成!」

 ぱっと顔を笑顔に染めて清良様が言った。何となく私もほっとして彼の手首から手を離すと、華奢な指がするりと私の指に滑り込んで手を握り締める。意図は分からないが繋いだ手の平は少し冷えていて、それに熱を移すように、私はそっと握り返した。

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