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姫和子
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 私は座りながら、彼は立ちながら、揃って机の上の紙を見つめていた。船の揺れでも酔わなくなった三半規管は無理矢理に鍛えられた賜物で、その強硬手段を取った男は私の横から顔を覗かせている。未だ成長を見せない小柄な彼の、ふわりと柔らかい髪が頬に触れるとくすぐったくて、私は目を細めながら抗議の声を上げる。

「近いです、若子」

「別にいいだろ、減るもんじゃねえ」

 汚い口調に似合わない、声変わりを迎えていない高い声が言った。そりゃそうだけど、なんて言うと彼はニヤニヤ笑うので、ここはあえて無視だ。くりくりとした青い瞳はこちらを窺っていて、仕方なく地図を彼の前に移動させる。

「海外船を襲うなら、もっと綿密に計画をたてましょうよ」

「構いやしねえよ。襲って脅して、反抗されたら適当にしばき倒して、荷物奪っておさらばだぜ」

「要略すれば、の話でしょ」

「いつも通りだろ?」

「…………まぁ」

 話にならなかった。
 確かに、彼には綿密な計画なんてものは無意味なのかもしれない。よく言えば豪胆、悪く言えば無鉄砲な彼は考えるより早く体が動く人間で、付き合わされる我々はいつもそれに振り回されてきた。鬼若子と恐れられる彼はしかし人望に厚く、見慣れたとはいえ、むさ苦しい男たちがこんなにも可愛らしい彼を“兄貴”と呼ぶのは異様な光景である。故にこの海賊に適う敵なんてものは、私には到底想像出来なかった。

「問題はねえさ。例えなんかあってとしても、そんときゃ俺が清良を助けてやるからよ」

 にーっと笑い、真正面からそんなことを言う。女性用か男性用か分からない着物を纏ったかと思えば、臆しもせずこんなキザなセリフを吐いたりする。彼の行動の全てを理解するのは、私にはまだ難しいようだ。

「なーに赤くなってんだよ」

「うるさいです、姫若子」

「姫若子って呼ぶなっつーの」

「お可愛い姫若子様のくせに」

「ぶっ飛ばすぞてめぇ」

 もう私の方へ体を寄せずとも地図は見えるはずだが、姫若子は先ほどよりも私に近寄り机に身を乗せた。私はと言えば、せめてこの赤い顔は見られないようにと、懸命に顔を隠すことで精一杯だった。

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