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お題:ペットボトル
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「佐助くんって優しいね」

 最初に言われたのは授業中の一瞬。足下に転がってきた見覚えのある消しゴムを拾って、落とし主に差し出したときだった。自分の近くにものが落ちたらそれが他人のものでも拾うだろう。優しいとか優しくないとか、そういうのは関係なさそうだけど。

「あぁ……うん。ほら俺様ってば紳士だし!」

 いつものノリでそう返したけど、褒められりゃあ内心は嬉しかったりするもので。だってそれって、俺のことをよく見てくれてるような、認めてくれてるような、ちょっとくすぐったい感じだったから。
 うるさいセンセーの目を盗んで消しゴムを渡すたった一瞬、渚ちゃんの手に触れた指先が俺の手に熱を伝えてきた気がして、気が付くと俺はいつの間にか、渚ちゃんばかりを見つめていた。

 1日の授業が終わると、今度は部活動が始まりを告げる。授業なんかよりよっぽど楽しいその時間が終わる頃には辺りはもう薄暗くて、俺は鞄と部活の道具を持って校舎の階段を駆け上がっていった。
 目的の人はいつも図書室にいて、それは今日も同じだ。ドアを開けたら丁度鞄を持った渚ちゃんがこっちを振り返って、にっこりと笑いかけてきた。

「佐助くん、今部活終わり? 今日も遅いね、お疲れ様」

「へへ、これくらい平気平気! 渚ちゃんこそいつもこんな時間まで図書委員の仕事してるなんて凄いじゃん? ホント俺様感動しちゃう!」

「ふふ……ありがと」

 照れたみたいに笑うのはマジで可愛くてドキッとした。真面目な渚ちゃんは図書委員でいつも遅くまで残っていて、俺が急げば一緒の時間帯に帰れたりする。だから俺は「女の子1人は危ないから一緒に」なんて最もらしいことを引き合いに出して、ちゃっかりとおいしいとこを頂いていた。
 渚ちゃんは机に出ていたペットボトルを手に取った。鞄に入れようと左手に持つそれは意外にも炭酸飲料で、何だか彼女のイメージとは違うな、なんて思いながらそれを見つめる。

「…………飲む?」

 その視線に気付いたんだろう。渚ちゃんは鞄のファスナーを開ける手を止めて俺にそんなことを聞いてきた。

「あ、大丈夫」

 大丈夫って、俺様のバカ!! 折角の間接キスのタイミングは消えてしまって内心ため息をついた。いやでもここで食い付いたら引かれるか? でも断ったらもしかしてもうこういう機会ってなくなるんじゃ……。
 思案に耽っていたら突然ガン、というデカい音が鳴って一瞬焦った。振り返ると肩と胸に何かが当たって、視界がぐわりと揺れた瞬間腰と背中が机に当たる。鈍い痛みに目を細めたときに柔らかいものが唇に触れて、俺は思わず硬直してしまった。
 突然のことに驚いていたのに俺の手は体に覆い被さる渚ちゃんの体をちゃっかり抱き締めていて自分自身に感心する。

 机に当たったペットボトルは更にガコンと音をたてて床に落下し視界の隅へと消えていく。俺は俺で至近距離にある、目をつぶったままの小さな顔を凝視していた。
 事故か故意か分からないが唇がゆっくり離れていって、渚ちゃんの真っ赤に染まった顔は俺の胸元に下がっていく。突然の嬉しいアクシデントにバクバクいってる俺の心臓の音が聞こえてしまいそうで、何だか無性に恥ずかしかった。

「……佐助くん、いつも部活が終わると走ってここに来るよね」

「…………」

「教室にも図書室にも用はないのに、全速力だし」

「…………」

 ばれてる。これは完全にばれている。
 上半身だけ机に横たわるような体勢の俺は天井と渚ちゃんの頭を見ながら終始無言で。また、渚ちゃんが笑った。

「私もね、ホントは図書委員の仕事なんかないのにここに来るんだ。ジュース飲みながら本読んで。
 ……ペットボトルの中身が終わると、佐助くんが来てくれるから」

 あれ?
 これ、何か告白みたいじゃないか?
 俺の胸に顔を押しあてる渚ちゃんの顔は見えないが、もうここまで連れてこられたら逃げることは出来なくて、俺は彼女の柔らかい髪をふわふわと撫でた。

「…………渚ちゃんのこと、好きだ」

 きゅっと服が握られる。胸元が凄く暖かくて、きっと渚ちゃんの顔は今めちゃくちゃ赤いんだろうなと思う。

「私も佐助くんのこと大好き! ……順番、間違えちゃったけど」

 笑顔を向けた渚ちゃんの顔はやっぱり赤くて、俺たちは声をあげて笑った。

 恋のきっかけは消しゴムで、
 愛のきっかけはペットボトル。
 落ちたものには、きっと福が来るんだろう。

 ……なんてね。

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