お題:ヤンデレ
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風邪を引いたと渚からメールが入ったのは今朝の7時10分。学校まで徒歩20分ほどの距離に住む奴が普段起きるのは7時きっかりなので恐らく、起きてすぐ体調不良を感じて体温を測り、結果が出た直後にメールを送ったのだろう。社長業務に追われ高校へ出席することも少ない多忙な俺には心配かけさせまいと連絡しないのがこの場合定説だが、奴は違う。渚は俺に頼る。そして依存している。俺から1日に1度も連絡がないといくら時間がなかったと説明しようとも笑顔を見せることはなく、逆にたまの休みに一緒にいるだけで酷く幸福そうな顔をした。
「おい、生きているか」
勝手に作った合鍵で自宅に押し入り部屋のドアを開ける。こいつの両親は朝早くから家を空けるため朝食すら疎かのようだが、それは昼食と共に胃に優しいものでもシェフに作らせればいいだろう。
ベッドに寝転がり赤い顔で脱力している虚ろな目が俺に向いて、せとくん、小さく笑った。
「熱は何度ある」
「39度……あつい……」
「そうか。じきに医者が来る。何か欲しいものがあるか?」
「プリン……と、せとくんの、あい……」
「馬鹿を言え、俺は貴様を常に愛している」
「たりない……」
今日予定されていた会議を2つ、イベントを1つ参加を取り止めてこいつに尽くしているというのに、当の本人はいとも容易く足りないなどとほざく。全く正常な頭を持たない渚は俺の手を握り締め「あと……キス、ほしい」と呟いた。言われるがままに身を屈め、熱を持った額に唇を落とす。額、目蓋、目尻、頬、唇。足りないとねだられる前に俺は触れて離れる行為を繰り返す。
汗の伝う首筋をやんわり吸い、熱の籠もる瞳が細められる様を見ているとドアがノックされた。連絡を受けてすぐに作らせたプリンが、恐らく出来たのだろう。
「俺は貴様を愛している。平熱も食の好みも家庭の事情を性癖も俺に対する思いも、貴様のことは貴様以上に知っている」
そう、だからこれでいい。俺への迷惑を危惧し連絡を怠ることがあってはならない。渚は俺を通して答えを出せばいいのだ。へらりと笑って好きだと囁いた奴は例によって心酔しきった表情のまま俺を見上げていて、俺は渚が好む柔らかなプリンを食わせてやるべくドアへと向かった。
「せとくん……かぜひいて、ごめんね」
「全くだ、俺の許可なく体調を崩しおって。貴様は俺にだけ痛め付けられていればいい」
ドアの外でプリンを捧げ持つ男からそれを奪い渚の前に見せ付ける。物欲しそうに口を開いた恋人は恐ろしく愛らしく、俺はその小さな唇へとプリンを運んでやった。
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