×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


Lの付き人
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 Lはエドが好きだった。彼に初めて出会った日のことを、Lは決して忘れはしないだろう。親も身寄りもなく施設に連れて来られた自分と同じく、彼もまた孤独な子供だった。しかし自分とは何もかもが違っていた。柔らかそうなミルクティー色をした髪に、涙で濡れてキラキラと輝く瞳。痛々しい傷跡に煌めく涙を散りばめて、手を引かれて歩く彼に、Lの目は釘付けになった。彼には親がいた。しかし愛されなかった。暴力と孤独に追い詰められて辿り着いた先が、このワイミーズハウスだったというわけだ。

 海辺に撒かれたガラスのように光を反射する瞳が幼いLを捉えた瞬間、Lはまるで、ロジャーの薬指を飾る綺麗な石コロを見たような気持ちになった。事実、エドという少年は見た目も華やかで、Lの目に見てもほとんど完璧に近い存在だった。頭もいい。誰にでも優しく社交的で運動神経もいい。器量もよかったし、センスだって悪くない。完璧という存在はきっとこういう人間を指すのだろうと、そう思ったのだ。ハウスの子供の中でも少し浮いていたLが、そんな人当たりのいいエドと親密になるのに時間はかからなかった。

 Lとエドは同室になった。理由はLの使用してる部屋が二人部屋で、片方のベッドが空いていたからというそれだけのことだ。お互いに文句もなく、すぐに親密になったし、世話を焼くのが好きなエドと、興味のあること以外手に付かないLは殊更相性がよかった。部屋替えの話が出ても二人はずっと同室だった。Lがそうしたいと願い出たからだった。
 二人はいつも一緒だった。笑って、怒って、呆れて、喜んで、キスをした。それで幸せだった。Lには他に欲しいものは何もなかった。



 キラキラと輝く思い出の日々は、目蓋を閉じればつい昨日のことのように思い出せる。記憶の中のエドはよく涙を浮かべていたが、自分が彼の手を取ると、彼は花が咲くように途端に笑顔になる。エドが笑うと何故だかLも嬉しくなって、昔も今も、意味もなく二人で笑い合った。

「L、入るよ」

 ドアを叩く軽い音が聞こえてLが目を開けると、目の前には白い天井があった。水滴がぽたりと鼻に垂れる。返事をするよりも早くドアが開き、エドが浴室に足を踏み入れた。素足がパチャリと音をたてる。浴室内に溜まっていた湯気と熱気が外へ移動していき、湯船から出ていた肩を冷たい空気が撫でた。

「今日は長風呂だね。考え事?」

 浴槽の隣でしゃがむエドが言う。ミルクティー色をした髪に、ガラスを散りばめたようにキラキラと輝く瞳。背丈は伸びて体つきも男性的になったが、髪と瞳だけは昔から変わらない。昔より涙は減ったような気はするが、今でも時々エドがこっそり泣いているのを、Lは知っている。幼い頃に傷を負った心はそう簡単に癒えることはないのだということを、Lはエドを見ることで学んできた。

「……ああ。エドのことを考えていた」

 素直にそう言えば、エドは目をパチクリとさせて頬を赤らめる。手を伸ばすと簡単にエドの髪に触れられた。濡れた手でそれを梳くと少しだけ髪が水分を含み重さを増す。それが面白くて、Lはエドの腕を掴み引っ張った。白いシャツに包まれた腕が湯船に落ちる。そのまま水の滴る手をエドの背中に回した。薄い生地が濡れて透けていく。困惑を滲ませた声が制止をかけたが、それは聞こえないフリをして無視をした。
 濡れた頭をエドの胸に押し付ける。ドクドクと心臓が脈打つ音が聞こえる。そのまま深呼吸すると、胸を満たすような甘い香りがLの鼻に流れ込んできた。

「いい匂いがする……」

「ん? パイを焼いてたから、それかな」

「パイ……アップルパイか」

「うん。よく分かったね」

 もう一度深呼吸をする。この香りの正体は蜂蜜だろうが、その中に微かなシナモンの香りがあることに気付く。エドは香りのいいものを好むため、市販のパイよりもややシナモンの香りが強い傾向があった。Lのために料理や製菓に勤しむ彼は、体に甘い香りが染み付いているようだ。Lの好きなお菓子を全て詰め込んだような不思議な匂い。胸と首の辺りが特にいい香りがした。

「……シナモンはない方が好きだ」

「でも美味しいだろう?」

「ああ……」

 シナモンの香りは強いが、Lはエドの作る菓子が何よりも好きだった。クッキー生地の仄かに甘酸っぱいベリーのタルトに、オレンジピールの練り込まれたチーズケーキ。ベルギーから取り寄せたココナッツフレーバーの滑らかなチョコレートで作ったザッハトルテや、シロップに漬け込んだフルーツを盛り合わせたパフェ。頬がとろけ落ちそうなほど甘いダージリンのミルクティーと一緒に食べる、ほろ苦いティラミスもいい。季節の果物と新鮮なミルクを使ったジェラートも、言葉にならないほど美味しかった。Lはエドの作る菓子がなければ生きていけない自信がある。羽根のように優しい舌触りは、恐らくエドにしか再現できないものだ。

 エドが呼吸をする度に、彼の胸が小さく上下する。暖かくて心地よい。子供の頃には薄っぺらかった胸も、今では多少厚みがある。
 Lが湯船から立ち上がると、ざぶりと湯が波打って周りに水飛沫が散った。顔に飛沫が飛んだのかエドが顔を歪める。彼の肩を掴んで体重をかけると、重心を後ろにかけられたエドはまるで水に濡れた角砂糖が崩れ落ちるように、いとも簡単に倒れ込んだ。尻餅をついた彼の上に、Lの体もそれと同じくもつれ込む。背中を打ったエドの口から、あだ、と呻き声がこぼれた。

 華奢な体の上に馬乗りになる。ビチャビチャと垂れる水がすぐさまエドを濡れねずみにしてしまった。何も言わなくともエドはLの目を見て少し微笑んで腕を伸ばす。その腕に抱かれると心地よくて、Lは裸のまま、エドの体を強く抱き締めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

150708