対策室の秘密
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 松田には一つ、困ったことがあった。
 キラ事件の捜査が本格的になりとうとう家に帰るのが億劫になってきた頃、松田はしばしばホテルで寝泊まりすることが多くなった。食事はルームサービスを利用出来たし、竜崎の世話係のような男が時折差し入れする食事も非常にうまい。必要なものはほとんど揃っていたし、着替えや聞き込み調査などで外へ赴く以外はほとんど拠点であるホテルに入り浸ってると言ってもいい。
 だから、見てはいけないものを見てしまうことが増えた。

 最初は見間違えかとも思った。
 薄暗い部屋で監視カメラの映像記録を確認しているとき、隣の部屋から話し声が聞こえてきた。借りているホテル自体、部屋数も多く広々としていたが、竜崎は決まってリビングで作業をする。松田や相沢、模木などはリビングの片隅や他の部屋で作業をしていたが、声が聞こえたのは竜崎のいるリビングの方だった。
 声を抑えたような話し声に、微かな笑い声。竜崎が笑うなんて珍しいなと思った松田はそろりと足を伸ばし、あわよくばその笑顔を拝んでやろうと、ドアの合間から静かにリビングの様子を窺った。

 監視映像の止まったテレビ画面がニュースを映している。その青白い光に照らされた顔が二つ、暗い部屋にぼんやりと浮かんでいた。ソファの前に立っている姿勢の悪い黒い髪の男は竜崎だろう。とすれば、反対にソファに座っている男はエドだ。エドにしては珍しく白いシャツというラフな格好なので一瞬どちらがどちらか分からなかった。

「……………。うん…………、…………ふふ」

「………………」

 微かに聞こえるのはエドの笑い声だけで、互いに何を話しているかは聞き取れない。ただ竜崎の口元がいつもより饒舌に動いていて、そこにはほんの少しばかり笑顔があるように見えた。あの竜崎でも普通の人間のように談笑することがあるのだと、松田は思わず感心した。
 竜崎の腕がエドの肩に触れる。握手ですら必要でない限りうまくやり過ごし避ける男が、自発的に他人に触れることがあるとは。本当に物珍しいものを見てしまった気になって、松田はいつの間にか息を殺してじっとそれを見つめていた。笑い合う二人。両者とも同じ頃の年齢で、昔から一緒にいたと言っていたし、気心が知れているのだろう。目が離せず、二人の一挙一動に集中していた。

「…………、…………」

 竜崎が再び口を開く。エドの肩に乗った腕が細い首をなぞるようにして頬に触れた。竜崎の顔がエドに近寄り額同士が音も立てずに接触する。あれ、何か変だぞと松田が気付くのとほとんど同時に、二人の唇が重なった。

 松田は一瞬、時間が止まったような錯覚に陥った。
 キスをしている。竜崎とエドが。二人とも男同士だ。いやしかし日本国籍ではないのだし、そういう文化で育ってきたのかもしれない。偏見は持たないように生きていたつもりの松田だったが、実際に目撃してしまうと、男女のそれを見るよりも強く、ガツンと、重たい石で殴られたような衝撃があった。
 竜崎が唇を離してまた何か喋る。相変わらず声は聞き取れないし表情も分からないが、エドの頬を撫でる手つきはひどく優しい。スプーンや携帯を持つときとは違う、丁寧な触れ方だ。笑い合う二人がまた唇を寄せる。触れるか触れないかの位置でクスクスと笑いながらエドが喋る。何度も何度も、呼吸をするような自然さで二人は口付けを交わしていた。見ている方が恥ずかしくなってしまって、松田はそっと体をドアの内側に引く。耳をすませばドアの向こうに笑い声が聞こえる。まだキスをしているのだろうか。松田の頭の中には先ほどの映像が焼き付いていたが、何も悪いことをしているわけではないのだし、必要以上に詮索するのはよくないことだ。二人が気付いてしまわぬようにそっとドアを閉めて、松田は作業に戻ることにした。

 それを見て以来、松田は竜崎とエドがキスをしているところを度々目撃するようになった。

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150705