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Lの付き人
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 もしエドがいなくなったときに自分は何かが変わるだろうか、と。Lは時折ふとそう思った。ワイミーズハウスにいたときからずっと仲の良かった少年も今はすっかり大人になり、頼りなかった背中は常にしゃんと伸びている。エドは"L"にはなれなかったが、"今のL"には出来ないことをいつも軽々とこなして見せた。友達とサッカーをしたり、先生に教えを請うたり、来訪者の接待をしたり、喧嘩の仲裁をしたり。まるで何てことのない計算式を解くようにすらすらと、彼は"今のL"にとっての難問をいとも簡単に解き明かした。

 Lは頭こそよかったが、コミュニケーションというものが苦手だった。苦手というよりは他人の気持ちを自分に置き換えるということがうまく出来なくて、それに加えて彼は人一倍頭がよかったために、言ってはいけないことや言わない方がいいことを判断できず、結果として、圧倒的に正しすぎる正論を導き出してしまった。理屈で正解となる問題が、感情で不正解となるということが幼い彼には分からなくて、それが多くの諍いを招いてしまって、Lは人付き合いが苦手だと、そう思うようになってしまった。
 他人の介入しない世界なら争いは起こらない。白いパズルを無心で嵌める作業の心地よさに比べて、コミュニケーションというのは腹を探り合う煩わしい作業の一つだと、Lは認識していた。

 ただ、エドは別だった。エドはLには出来ないことを平然とやってのける。エドが間に入ってくれたから周りの子供たちとコミュニケーションが取れたことも少なくなかった。エドはLに常識や感情論を求めなかったし、Lの考えが正しいものとして全て受け入れてくれた。故にLはエドが好きだった。きっかけなど、その程度のものだった。




「竜崎はエドがいないと生活が破綻するんじゃないか?」

 エドがLの爪を切りそろえているとき、何の気なしに月がそう言った。エドは笑いながら爪を切る。Lは確かに、と頷いた。

「そうかもしれません。エドに任せていることも多いので」

 多いというより、ほぼ全て、Lの生活をワタリとエドが管理していると言っても過言ではない。Lの爪を切るのも、デザート以外の食事を用意するのも、周りの人間との仲介に入るのも、着替えを用意するのも。ワタリが側にいないときにはそれらは全てエドがやっていた。それが当たり前だった。エドは"L"にはなれなかったが、他のことはとてもよく出来た。運動も、料理も、家事も、Lほどではないがパズルだって得意だった。だからそれらが苦手なLの手伝いをするのはずっと昔、小さい頃からの習慣だった。
 パチン、パチンと音が鳴る。エドはLが嫌がるギリギリのところまで爪を切る。爪が伸びると怪我をしてしまうし、Lはすぐに爪を噛んでしまうからだった。

「月くんは、自分で爪を切りますか?」

 Lの問いかけに月は大袈裟に肩を震わせて笑った。Lには見慣れた反応だった。

「そりゃあそうだ。僕は自分の爪は自分で切るよ。わざわざ人にしてもらうまでもないし……それに、肉を切られたら困るしね」

「なるほど……一理ありますね」

 茶化すように冗談めかせていう彼に、Lは妙に感心した。エドは絶対に肉を切ったりしない。彼はいつも明るい場所で、ガラス細工を触るような丁寧さでLの指を持ち、慎重に慎重に、ほんの少しずつ爪を切った。だからエドに肉を切られることなど想定もしていなかったし、爪切りという作業を人に行わせることにリスクが伴うということを、Lは今はじめて気が付いた。夜神月は賢いな、と実感した。

 切った爪をティッシュペーパーの上に乗せてエドがLの指を握った。暖かくて心地いい感触だ。Lはエド以外の人間の体温は知らなかったが、エドはきっと殊更暖かいのだと思う。少なくとも自分よりは暖かくて、触れると気持ちいいと思った。

「さあ、おしまい。デザートを持ってきますが、月くんも何か飲みますか?」

「はい、じゃあコーヒーをホットで」

「分かりました。お待ちください」

 他人行儀のエドが微笑んで立ち上がる。Lの注文は聞かなくても分かるのであえて聞くことはせず、彼は立ち去り際にLの頭をひと撫でしていった。エドは"L"にはなれなかったが、LのことはL以上に知っていた。今まで顔だけを向けて話していた月が椅子を回してLに向き直る。その顔は悪戯っぽく笑っている。

「どっちが主人が分からないな」

「私は主人ではありません。彼は私の友人ですから」

 Lは机の上に乗ったティッシュペーパーを見ながらそう言った。ティッシュには爪が乗っている。これを捨てずにそのまま置いていったのは、単純にエドが捨て忘れたのだろう。几帳面な彼にしては珍しい物忘れだと感じる。

「へえ。竜崎は友人に爪を切ってもらうのか?」

 爪の乗ったティッシュペーパーをクシャクシャに握り込んで、ゴミ箱の中へ投げ入れた。月の目が一瞬それを追いかける。

「はい。切ってもらいます。デザートも作ってもらいますし、寝るときには近くにいてもらいます」

「はは……友達というより、執事みたいだと思うけど」

「では執事のような友人です」

「なるほどね。なら手放せないわけだ」

 手放せない。Lの頭の中を、そのワードが強く叩くような感覚があった。手放せない。Lはエドを手放せない。エドは"L"にはなれなかったが、Lには出来ないことをエドは簡単にやってのける。生活に必要な全てもそうだったし、きっと"L"が"L"として生きていくためのことも全て、だ。エドがいなければきっとLには爪が切れない。ワタリが切ってくれるかもしれないが、ワタリはうっかり、爪と一緒に肉を切るかもしれない。爪が切れなければ爪はどんどん伸びていくだろう。そうしたらその爪は一体どうなってしまうのか。もしかしたら喉を貫いて呼吸を止めてしまうのかもしれない。それは非常に困ると、Lは思った。
 表情を窺うように首を傾げる月に、Lは顔を向ける。

「はい。手放せません。だから月くんにもあげられません」

「はは。それは残念」

 不毛な会話を交えながら相手の腹の中に思考を巡らせた。夜神月に、キラに、エドを渡してなるものか。遅かれ早かれLは死ぬし、そしてエドも死ぬ。それがこのキラ事件の犠牲の一つとなるか、はたまた別の事件で失うか、あるいは老衰するまで生き永らえるか、それは流石にLにも分からなかった。分からないからこそ、手放してはいけないと思う。
 どこか遠くから漂う芳ばしいパイの匂いを嗅ぎながら、Lはほんの少しだけ、不敵に笑った。

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150701