同級生
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「うち共働きで親いないから、好きに居ていいぞ。なんならテスト勉してくか?」
何の気なしにそう問うと、影山は少し考えてから「気が乗らねー」と言った。いつなら気が乗るんだと聞いてやりたかったものの俺は一先ず荷物を部屋に置いて飲み物を取りに行く。手伝うかと影山に聞かれたがペットボトルのお茶を持ってくるだけだったので丁重にお断りした。お茶を持って部屋に戻ると、影山は俺のベッドの上に腰掛けていた。180センチの男にが横たわるにはやや長さが足りないだろうが、イスの代わりにするには十分だ。
「神田、話あんだけど」
「ん? 影山、ノート出しなよ。勉強みてやるからさ」
今日の影山はいつにも増してよく喋るな、と感じる。普段は休み時間や昼休みにしか会話らしい会話をしないため、こうして長い時間を2人で過ごすことがなかったから余計にそう思うのかもしれない。
部屋の隅に放った鞄から自分のノートと筆箱を取り出し、机の上に置いた瞬間、俺の腕を影山の骨張った手が突然握りしめてきた。思わずギョッとして影山を見ると、影山もまた、睨み殺すかのような目で俺を凝視していた。
「好きだ。俺と付き合えよ」
一瞬、何を言われたか分からなかった。好き、とは。付き合う、とは。頭の中が空っぽになって、視界に広がる切羽詰まったような、険を含んだような、そんな真剣さを滲ませた影山の顔を呆然と見つめるしかない。国語の成績は5段階で3か4の俺だったが、これをすぐに噛み砕いて返答できるほどの恋愛経験が、俺にはなかった。
「あ……えっと……」
マジ? と聞くのは失礼だと思った。男同士だぞ、と言うのも。切迫した面持ちの影山を見ればそれが大真面目ということは分かるし、演技が出来るような器用さがあれば友達作りに苦労しないはず。男同士なんてことも、告白した本人の方が痛いほどに理解しているだろう。
俺は言葉に詰まって影山を見つめたまま考え続けていた。俺は影山が好きだろうか? 嫌いではない。むしろ好きだ。でも恋愛感情かと問われればそれは否である。俺か影山が女であっても多分それは変わらない。どうやって彼を傷付けずに話をするか、まるで見当がつかない。
「あのな、影山……」
少しずつ、整理しながら話そうとする俺を、影山は無言のまま見下ろしていた。シャツの上から伝わる影山の手の温度は緊張のせいかひんやりと冷たい。影山が唾液を飲み下す音がやけに大きく響く。
「俺は……その。影山のこと、そういう……恋愛的な目で見たことないから。好き、ってのは、嬉しいけど……なんていうか……」
「……引かねえの?」
「えっ……引かないよ」
何故かお互い小声になる。影山は驚いているようで、つり目が丸くなっていた。
「嬉しいし、俺も影山のこと好きだけど……」
付き合うのは無理だ、と言うか迷ったときだった。俺の腕を掴む影山の手に力がこもる。言わないでほしい、拒否しないでほしい、そんな彼の想いが俺の皮膚に食い込むのが分かる。
「……一週間。一週間くれ。テスト期間中だけでいい。嫌がることはしない。一週間で俺のこと好きにならなけりゃ諦める。だから、無理って言うな」
俺の胸の内を読んだかのような発言だった。喉の奥がヒュッと鳴る。一週間。テスト期間。付き合う。頭の中に3つの単語が反芻される。
テスト期間が終われば影山はまた部活が再開するし、こうして俺の部屋でダベることもなくなる。それまでのたった一週間。これから交際するのが無理でも、その一週間を楽しく過ごせれば、彼は納得出来るのかもしれない。
すっかり冷え切った影山の手に自分の手を重ねた。少し力を込めて引き剥がすと彼はすんなり手を引いて、一瞬だけ打ちのめされたような表情を浮かべる。体は俺よりよほど大きいくせに、実は俺よりずっと繊細な子供のような影山にそんな顔をさせるのが忍びなくて、俺は彼の冷たい指先を握り締めて笑ってみせた。
「……分かった。じゃあ、一週間。……俺も、影山のこと好きになれるように努力する。だから一週間……よろしくな」
その言葉を理解するまで数秒かかった影山の嬉しそうに緩んだ口元は、きっと俺はこれから先忘れられないと思う。
握った手を思い切り引っ張られ、抱き締められ、仮の交際が始まったその日、俺たちは初めてキスをした。
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150429