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宿主と
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 耳を澄ませばパタパタと小さく軽快な足音が聞こえてきて、獏良は席を立った。1人暮らしにこの部屋は広いくらいだったがそれでも慣れてしまえば心地良いもので、こんな寒々しい部屋を好きだと言う変わり者の少年との時間もまた、かけがえのないひと時をもたらしてくれていた。

「りょーおちゃーん! 遊びにきたよー!」

 インターフォンに気付かないのかあえて慣らさないのかは定かではないが、いつも通り明るく元気な声が外から響き、獏良は笑みを漏らしながらドアの内鍵を開けた。重い鉄扉を開けば随分と下にある大きな瞳がこちらを窺っていて、獏良は彼が通りやすいよう大きくドアを開け広げる。

「いらっしゃい麻人くん。よく来たね、迷子にならなかった?」

「大丈夫! この間来たときに道はしっかり覚えたからなー!」

 迎え入れると彼は満面の笑みで室内へと入り、サイズの小さいスニーカーを脱ぎ捨てる。部屋へ向かう背中を横目に見ながら鍵を閉めると玄関に散らばるスニーカーを軽く直して、獏良も少年のあとを追う。
 先に部屋に入った麻人は、先ほどまで獏良が座っていた椅子の上で膝を立てていた。視線の先にはT.R.P.G用のフィギュアがいくつも並んでいて、そのどれもが作りかけの状態で放置されていた。完成させなければと思うものの、1つ気になるとアレもコレもと気になりはじめ、最終的に全て修正したり作り直したりするのはよくあることで、机に並ぶフィギュアも例に漏れずそのパターンを繰り返している。

「何か飲む?」

 興味深げにフィギュアを覗き込む麻人に声をかけると、彼はぱっと顔を上げた。嬉しいという感情をそのまま表現したような声は案の定イチゴミルクを要求してきて、昨日のうちに買っておいて良かったと獏良は微笑を浮かべる。

「この人形、了ちゃんの手作り?」

「うん、そうだよ。ちょっとサイズが大きかったから、修正してたとこなんだよ」

「へー……了ちゃんってやっぱり器用だね!」

 以前、獏良は彼のキーホルダーを直したことがあった。鞄に付けていたものが落ちて壊れてしまったと嘆く麻人を慰めつつ、破損したカニカンを交換しただけのことだったのだが、麻人にとってはそれが器用なことに見えたのかもしれない。フィギュアを見て、きっとそれを思い出したのだろう。
 遠慮しているのか決して手は触れず、それでも体や顔を傾け興味津々といった様子で眺める姿が可愛らしい。そんな背中を見やりつつ、獏良はイチゴミルクのつがれたコップをテーブルの上に置いて、机の上にある小さな段ボール製の箱から粘土を取り出した。

「ふふ、麻人くんも作らない? 1人作業は寂しくって」

 その言葉に麻人の目がキラキラと輝くのが分かった。この粘土も今日のために獏良が用意した粘土で、あまり器用ではない麻人でも成型しやすいよう予め手を加えてあるものだ。昨夜のうちに練り、柔らかくしてあるため成型時に手も痛めないだろう。大好きな麻人に楽しんでもらうための配慮だったが、こうして予想通りのリアクションがあると嬉しいもので、獏良はつられて笑った。麻人にはそのまま椅子を勧め、自分はリビングから引っ張ってきた椅子に座る。

「ありがとう了ちゃん! 俺不器用だけど、上手に作れるように頑張るね!」

「うん。ボクも頑張って修正するよ」

 そうして始まった作業は、思った以上に楽しいものだった。どう触ったのか、手の甲に粘土がへばりついたり着色用インクが顔や腕にと飛び散ったりと何度も手を洗いに行ったが、麻人は始終楽しそうだった。休憩に出したイチゴのシュークリームも気に入ったようで、今も彼は口の回りに生クリームをくっつけている。ああだこうだと話をしながら、そうして緩やかに穏やかに、時間は進んだ。
 はじめに作業が終わったのは獏良で、彼は凝り固まった腕を目一杯伸ばした。集中しているらしく真剣な面持ちの麻人の手元を横目に窺えば、どうやら彼の粘土もそれなりに完成しそうだった。「出来たー!」歓声と同時に手を上げ伸びをした麻人が振り返る。その手にはローブのような服を着た小さな人形がある。

「麻人くん、それって……」

「了ちゃん! 了ちゃんオカルト好きだから、UFOも作ったよ!」

 そう言った彼の前には確かに余った粘土で作られた土星があった。アダムスキー型を理解していないため完全な土星と化した粘土製の無骨なUFOが、獏良をモチーフとした人形と仲良く並んでいる。

「凄いね麻人くん! こんなUFOもありそうだよね!」

「でしょー!? 了ちゃんが教えてくれたから上手に出来たよ!」

 差し出された人形も、獏良の作るそれらと比較してしまえばあまりいい出来とは言いがたかったが、それでも獏良は嬉しそうに笑った。 不安定に傾くその人形を、始めからT.R.P.Gで使うつもりはなかった。可愛い麻人が懸命に作り上げた2人の努力と愛の結晶をゲームで使うなんて勿体ない、というのが獏良の本音である。

「ふふ、ボクも凄く可愛く出来てるね。そのフィギュア、どうする? 持って帰る? それともここに置いていく?」

 置いていってほしい。そんな思いは尾首にも出さず問い掛けると、麻人は粘土で汚れた顔を明るく歪ませてみせた。

「持って帰りたい! 了ちゃんは俺の部屋に住ませてあげるんだー!」

 その返答は獏良の予想外で、彼は思わず放心してしまった。可愛いとは思っていたがまさかここまで可愛いとは、と頭の中に自分の言葉がぐるぐると巡る。そして、少々いびつな姿をした自分の分身が羨ましくもあった。

「分かったよ。麻人くんの部屋にボクのフィギュアがいるなら、ボクの部屋には麻人くんのフィギュアを置かなきゃだね」

「ホント!? じゃあフィギュア完成したら、また見に来ていい?」

「もちろんだよ!」

 この寒々しい部屋も、大好きな麻人のフィギュアがあれば少しは明るくなるだろうか。いっそのこと等身大の人形でも作ってしまえば自分のテンションも上がるかもしれない。脳裏でそんなことを思い描きつつ、上機嫌に抱きついてきた小さな体を抱き締めて、獏良はひっそりと笑った。

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