音楽室
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オレ様が授業をフケるとき、行く場所は大体決まっている。それは決まってあいつが好きな場所だった。
「バクラ、どこ行くんだ? もう授業が始まるぜ」
「うるせぇな。オレ様は今日はパスだ」
授業開始5分前、席を立つ俺へと声をかけた遊戯にそう返事をした。眠いわだるいわ天気はいいわでとてもじゃないが授業など受けていられない。宿主には授業をサボるなと文句を言われるだろうがそんなことは知ったことか。遊戯の席に群がって非難の目を向ける連中に目もくれず、俺は教室をあとにする。天気のいい日は屋上で昼寝に限る。宿主様は毎日毎日律儀に授業なんてもんを受けてるのだから、たまにはオレ様が体を休ませてやるべきだろう。
そう考えていたはずが、俺の足は何故か別棟にある音楽室へと向かう階段を昇っていた。クセというのは恐ろしいもので、俺はサボってやろうと思う度、わけも分からず無人の音楽室へ入り浸っていたのである。
特別教室が並ぶ階にはもちろん誰もおらず、先ほどまでの喧騒がまるで嘘のようだ。授業開始を知らせるチャイムが空気を震わせる中音楽室のドアに手をかける。普段から鍵をかけることのないドアはガラガラと騒々しい音を立てて開いた。室内は少し埃っぽいが、防音の壁が音を遮るこの室内、静かで陽当たりも良好、まさに最高の条件が揃う部屋である。
授業が始まって数分、俺が椅子を5つほど並べて窓際で寝転がっていると、突然音楽室のドアが開いた。俺が開けたときと同じく喧しい音が鳴って反射的に体を起こす。期待していたわけではないがそちらに顔を向けると案の定麻人がそこにいて、俺の顔を見付けるとパッと顔を輝かせた。
「バクラ、俺も一緒にサボっていいー?」
「バァカ、オレ様はサボりじゃねぇ自主休憩だ。てめーこそサボってねぇで教室帰んな」
鬱陶しいと手を振っても麻人は笑うだけだ。ドアを閉めてこちらに走り寄る姿は相変わらず小動物のようでイライラするのに胸の中がざわめく。俺の顔の前にしゃがみ込んだ麻人と目が合うと、こいつは甘えた声で俺を呼んだ。すり、と胸に頬がすり寄せられて心臓がドクドク言ってやがる。
「ねぇ、くーちゃん」
「……何だその呼び方」
「あだ名! 了ちゃんとくーちゃんだよ!」
とりあえずその呼び名は、特に人前では絶対「やめろと釘を打ち、うるさいこいつの頭を撫でてやる。口をつぐんだ麻人は目をつむり体重をかけてきたので、仕方なくこの子供の背中に腕を回す。小柄で重さをほとんど感じない。本当に高校生男子なのかと疑問すら抱いた。
窓から差し込む光が暖かく、その向こう、グランドで行われている体育の授業を楽しむ子供たちの声が遠くに聞こえる。横になる俺の胸には麻人の頭が乗っていて、呼吸をするたびに僅かにそれが上下した。ぷくりとした唇は薄らと開かれ、その向こうに見える歯は少し尖っている。噛まれたらそれなりに痛そうだ。
「おい麻人」
返事はない。長い睫毛が微かに揺れたがそれも一瞬で、あとはまた規則正しく頭が上下するだけ。どうやら呑気にも熟睡しているらしい。俺はといえば目が冴えてしまっていて、仕方なくやることもないので麻人のマヌケ面を見つめている。ヤリてぇとか泣かせてぇとか色々考えるのもまぁ楽しい。俺へ絶対の信頼を寄せてるのだ、少しくらい乱暴に扱ったところで害はないだろう。
「…………熟睡してんじゃねぇよ、風邪引くだろうが」
それでも何故か世話を焼いてしまう俺はため息混じりに子供のような小さい頭を撫でた。柔らかい髪をかき混ぜているとまつ毛がふるりと震え、細く開かれた瞳が俺を捉える。俺も体を起こした。
「ん……ばくら、」
「黙ってろ」
自分の上着を麻人の薄っぺらい肩にかけて抱き締める。ついでに唇にキスを落としてやった。見開かれた目が、してやったりといった気分にさせた。
「バ、クラ」
「うっせぇ」
「顔、赤いよ」
「……黙ってろ」
日差しの心地良い日の待ち合わせ。音楽室の鍵は、今日も開いていた。
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